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美雨の部屋へようこそ

ちょっとだけスピリチュアルな世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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ローマ遺跡バエロ クラウディア遺跡群

ローマ遺跡バエロ クラウディア遺跡群

バエラ3


バエロのクラウディア遺跡群。

ジブラルタルから、海峡が最も狭まるタリファ岬を経て、さらに20kmほどトラファルガー岬の方向に位置する、大西洋に面した古代ローマ遺跡。
ジブラルタルは英国領で、自分も含め にぎやかしに行く観光客は多いが、その先にあるこの地はなかなか訪れる機会がなかった。 それが叶ったのは2013年、夏であった。

夏は古代ローマのアリーナ(円形劇場)で演劇なども催され、親しみの持てる古港である。
また、海岸は長く続く白浜が美しく、水は多少冷たいが、透き通っていて海底まで見え、
夕方には魚も沢山泳いでいて、蒼く美しい海である。
魚だけではない。
目をこらすと、アフリカが見える。

モロッコだ。


目をこらすと蜃気楼のように見えるのはアフリカ大陸
バエラ4


2000年以上使われているアリーナ
バエラ




以前、魚醤ガルムという、古代ローマの万能ソースの記事を書いたが、その有名なフィッシュソースを提供していたのが、此処バエロだ。
佃島のようなこの土地を歩きながら、、ローマのいたるところに運ばれる前に魚醤油がどこで作られたか、その遺構を探すのが楽しかった。
タイのナンプラーはうちでも食卓に欠かせないが、それよりはるか古代からこの地にあったとは驚きである。
ローマ人の味付けは、どうだったのだろう。

モロッコ側のタンジェに対応して、イベリア半島側の交易港であったバエロ。
当時の人口は約1万人。ローマ植民都市の典型的な規模である。
バエロという名はフェニキア人が付けた名で、遺跡の名クラウディアは、この地がローマ帝国のクラウディウス帝のころ(在位41年~54年)栄えたことから由来しているようだ。

海に面したなだらかな斜面に、古代劇場、神殿、公共広場フォーラム、市場、大浴場、ローマ橋、石畳の街道などが展開している。
この地中海の西の果てに、エジプトの影響を受けたイシス神殿があるのは意外であった。




フォーラム跡
アフリカ大陸近いと納得、エジプトの女神イシスも祀られていた

魚をつぶし魚醤を作った遺構
ガルムの遺跡



上にも記した、南スペインからモロッコ沿岸の一帯は、鰯などの魚を発酵させて作るソース「ガルム」と言われる魚醤が特産品であったが、その水槽跡が 完璧な状態で残っているのには感動した。
遠く、潮風に乗って いまにも、水槽に魚を流しいれる親方たちのかけ声が聞こえてくるようだ。

逆に、モダンな建物の博物館も立派で、展示内容も充実している。
このような生ける史跡に、今世紀、EUのパスポートで無料で入れるとは素晴らしいことである。

ローマ人は、こんな西の果てにも来ていたのだ。
時空の磁柱が立っているのか、自分にとって古代遺跡は幻想を誘う場所である。
10年以上前に訪れたシチリア島のセリヌンテ遺跡は殊にイマジネーションを刺激されたが、その時の思いが彷彿と蘇ってくる思いがした。


美雨


キッコーマンもいいけどガルムもデリツィオーゾだよ♪
最後まで読んでくれてありがとう クラウディウス帝より
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世界の霊柩車・考

世界の霊柩車・考

                                (スペインの霊柩車)
スペインの霊きゅう車
まるでフェスタかカーニバルのお神輿みたいですね綺麗!



最近、日本では、金箔を施した豪華な宮型霊柩車が嫌われて、住民の反対運動を伴って、火葬場から締め出しをくっているというコラムをネット記事で読んだ。

縁起でもない・・と敬遠する勿れ。生きとし生ける者の最後に訪れる死。
どんなに死を忌み嫌っても、誰もが最後は受け入れざるを得ない。

急激な都市化と近代化が進む中で、「死」を日常の風景から排除して封じ込めようとする発想も、現代人の目立った行動形態であるように思われる。人生最後の門出を、病院と葬儀屋まかせにして、ビジネス&システム化する傾向は、今後ますます顕著になるだろう。




日本の霊きゅう車



ちなみに画像は、父が亡くなった時の葬儀の際のものだが、やはり家族の総意で宮型を選んだ。助手席に乗れるのは喪主だけだそうである。
個人的には、簡素で味気ないガラス張りのワゴン車よりも、あたかも走る神殿のごとき、この独特のフォルムが好きである。
世界広しといえども、一般庶民がこれだけ豪奢な葬送車を使える国は、おそらく日本だけではなかろうか。

もしもこれをトップ画像の霊柩車のスペイン等で走らせたら、きっと万人の注目を集めて、「ケ・ボニート!ボクも乗ってみたい!」という人があらわわれるかもしれない。さらに日本から輸入して、スペイン流に換骨奪胎。車体がイエス&マリア&聖人像などで豪華絢爛に装飾されたネオ・バロック様式カトリック宮型霊柩車が登場するかも・・などと想像するとワクワクする。(まさか?笑)
 広義に解釈するならば、その国の文化や芸術には「死生観」が密接に関連していると、私はかねがね思っている。これまで様々な国を旅したが、観光名所に加えて、機会があれば、その土地の文豪や芸術家の墓地も訪ねることにしており、しばしば深い感動を覚えることもある。

死を意図的に遠ざけて隠し、封印してしまうことは、人間の感情世界が貧しく底の浅いものになってしまい、ひいては文化の軽薄化にも繋がりかねない・・という気がするが、いかがなものだろうか。

余談だが、テレビ業界においては、番組撮影のためにロケ先に向かう途中で霊柩車を見ると、厄払いになって縁起がよいとされているそうだ。



アルゼンチンの霊きゅう車
アルゼンチンの霊柩車  まるで神父さんの帽子と衣装のようなデザインが印象的



Death is the part of life,
本題に戻るが、文字通り 死も人生の一部である。
しかしながら、今生の人生だけがこの世のすべてなのだと解釈し 死を忌み遠ざける人たちは多い。
いま、日本は世界で一、二を争う高齢化社会になっている。
そのわりに精神年齢は低く、実はいつも死と隣り合わせでありながら、死後も自分ですべてが選択できるような錯覚を覚えている老人も少なくないという。
そのため、霊柩車を見るとひとごとのように、あんなセンスのないケバケバした車は、あたしゃ(や亡くなった友人に)相応しくない、極論になると日本の恥、のように言う人も多くなった。
「生きてるときは誰もかえりみてあげなかったのに、死んであんな華美で贅沢な車に乗せてあげたって、死者は喜ばない」と皮肉を込めて。
それはその人のスタンスにも拠るのだろうが、きっとその死を自分に重ねて、身分相応でない恥ずかしいものに乗せられて笑われたくない、という自己嫌悪や一抹のプライドがあるのかもしれない。
昭和に育った自分の時代は、親や家族の死は遺族にまかせる、という信頼の気風があったと思う。けれど、こんな核家族時代、個人主義の時代に突入し、親類、隣人はおろか家族とも絆を結べない殺伐としたこの時代、死は遺族でなく自分で弔い方を選択したい、と思うジェネレーションが増えているのも事実のようである。

勿論、これ以後も、家族の死に立ち会ったら、私はこの宮型の霊柩車を選ぶつもりである。
たとえどんなに故人が勿体ながり、もしくは卑下していたりしても、
死者への礼節というか、死の尊厳は守られるべきと思うからだ。

そして、自分のときは 遺族にまかせようと思っている。



ベニスの霊柩車
ベニスの霊きゅう車
ちなみに、救急車もパトカーも舟


しかし、「日本の霊柩車はセンスがない、日本の恥」など、昨今そんな声もあるとは驚いた。
少しばかり、仕事で多くの国を回ってきた自分は、全く逆だと思っている。諸外国にも自慢できる日本の伝統建築装飾であり、優れた葬祭文化の一つであると。
指摘される通り、たとえその人物の生前の身分や人格はどうであれ、死者に対する礼節と尊厳の心が表現された見事なクルマではないだろうか。そして、これを制作した仏具職人が精魂込めて彫っている姿も想い浮かんではこないだろうか。

最後に、日本の霊柩車の歴史的な変遷を紐解いていくみると、宮型車の原型は1920年代、大正ロマンの頃に登場したとある。
大隈重信公の葬儀において初めて装飾を施した自動車が使われたそうである。
当時クラッシックカーは上流特権階級のものであり、一般庶民には別世界の乗り物だろう。そういう意味でも、この宮型の普及は戦後民主化の賜物と云えそうだ。
上には上があるもので、高級外車をベースとしたもの、同じ宮型でも、関東、中部、関西では微妙に材質や形態が違うことも初めて知った。屋根に黄金の龍が載っているのは、これはちょっと過剰気味じゃないかとも感じることはあるが・・・。



中国の霊柩車   意外と地味?パンダがフロントに飾ってあったりして・・・
中国の霊柩車
 ・・・ていうか次の日は違う用途で使われてそうですねこの車(;'∀')

イギリスの霊柩車 カトリックと違って虚飾を好まないプロテスタントらしい簡素さが。
イギリスの霊きゅう車




いかんせん、死んだ後で孝行しようとしても手遅れ、葬いを華美にするよりも、生前に親を大切にすることの方が遥かに大切という意見は、確かに的を得ていると思う。
どうやら、自らの墓穴を掘ってしまったようでもありますね。(苦笑)


美雨


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ツヴァイク作 「マリー・アントワネット」下巻

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ツヴァイク「マリーアントワネット」 下巻

マリー・アントワネット 下巻


1881年、この本の著者ツヴァイクはウィーンの裕福なユダヤ人の家庭に生まれた。早熟かつ学識豊かで、語学の才溢れ、各国を旅して見聞を広め、一流の知識人たちと親交を持った。清澄なる谷間、ザルツブルクに住むが、ナチス・ドイツのオ-ストリア併合による迫害を逃れ、イギリス、アメリカを経てブラジルに亡命する。

その後、ヒトラーと手を結んだ枢軸国日本が、アジアにおけるヨーロッパの拠点を次々と攻略する情勢に衝撃を受ける。真珠湾攻撃、そして山下奉文を司令官とする帝国陸軍のマレー半島侵攻とシンガポール陥落。
そこにヨーロッパ文明の黄昏を見て、1942年、妻と共に毒を仰いで自害したとされる。享年61才。


13歳のマリー  
13歳のマリー      マリーにはやはり薔薇がよく似合う
彼女にはやっぱり薔薇がよく似合う

死の牢獄コンシェルジュリー マリーの最期の住まいとなった
パリ


しかし、戦後半世紀余りが経った今、かつてのアジアにおける悪逆非道の侵略者(と彼らには映ったであろう)日本人の子孫が、ツヴァイクの著書に触れて、その慧眼とヒューマニズムに感動した、という読者がいることを知ったならば、どんな想いを抱くであろうか。

21世紀、ヨーロッパ文明至上主義の神話は崩れつつあり、ようやく世界の諸民族の文化の独自性と価値が評価される時代を迎えた。
西欧人の傲慢極まりない白人至上主義。彼等が長い間蔑んできた有色人種を含めてグローバルな人文主義を打ち立てるべき時代。まさに今世紀はその潮流の渦中にある。それは未来の避け難い流れとなっていくだろう。
ツヴァイクのみならず、数千年に及ぶ西欧文明が生み出してきた金字塔たる名著の数々が、民族・階級を問わず、あらゆる原語に訳されて世界の人々の教養の土台となることを、彼もきっと望んでいるに違いない。


牢獄のアントワネット
150px-Marie_Antoinette_Adult11.jpg

断頭台へ向かうアントワネット
マリーの最期



以下、本(下巻)の印象的なフレーズを抜粋してみました。

◆パリは陰惨な食糧難の最中ということも構わず、ワインやたっぷりのご馳走が振舞われた。忠誠心も、愛と同じで、胃袋に左右されるということがよくある。

◆マリー・アントワネットが初めて考え、それも深く真剣に考えるのは、考えなければならなくなったからだ。働くのは、働かざるを得ないからだ。高みへ上がるのは、強大な力で惨めに押しつぶされないよう、運命が偉大になれと求めるからだ。

◆今や憤怒と不安は陽気な凱旋の中で解消される。革命の歌に轟々と打ち寄せられ、プロレタリア軍に押し上げられ、君主制の難破船は座礁していた大岩を離れていく。

◆自分の品位を落すような行き過ぎには、決して同意いたしません。不幸にあって初めて人は、自分が何者かを痛切に感じるのでしょう。

◆心の奥で、彼女はすでに悟っていた。破滅がもはや避けられないなら、心構えし、頭を真っ直ぐに上げて、せめて最後の義務は全うしよう。こんな風にわずかずつゆっくり底まで転落してゆくより、すばやい英雄的な死を、無意識のうちに憧れていたのかもしれない。

◆指導者たちは、ルイ16世の政治的な死を、さらに肉体へも敷衍させない限り、逆転の恐れはなくならないと信じ込む。共和国の建物に耐久性を持たせるには、王の血でモルタル塗りをするしかないと、過激な共和主義者たちは主張する。

◆どれほど純粋な理想であろうとも、いったん矮小な人間に委ねられれば、それはたちまち下劣で卑小なものへと変じ、その理想の名の下に非人間的なことが行なわれるのだ。

◆極限の孤独の中で、彼女が彼を想っていたように、同じ瞬間、彼も彼女を想っていた。幾マイルも離れ、幾重の壁に遮られ、見ることもできず手も届かないのに、それでもふたつの魂は同じとき、同じ願いを抱いていた。空間を超え、時を超え、彼の想いと彼女の想いは、天空に翼をはばたかせ、口づけをする唇と唇のように触れ合うのだった。

◆この人生でなすべきことは、もう多くない。あとひとつ残っているだけ。死ぬこと、それも見事に死ぬことだけ。



断頭台の上に立つ王妃マリー
断頭台の上に立つ王妃マリー
最後まで取り乱すことなく、毅然と目をみひらいていたという


この著作によって、ツヴァイクは、云われなき中傷の泥沼に突き落とされて忘却の淵に沈みゆくマリー・アントワネットの名誉の復権を成し遂げた。
そして、故意に隠蔽されてしまった、最後の騎士道に殉じたフェルゼン伯爵の愛を、崇高なまでに高めた。

ツヴァイクはあたかも第二のフェルゼンとなってペンを執り、マリー・アントワネットの最後の審判のための忠実な弁護人として、地上からの公正な調書をしたためた。

そのことによって、この世界に「高貴なる意思は最終的に勝利を収める」という希望を与えてくれた。
これがこの書物への所見である。




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ツヴァイク作 「マリー・アントワネット」上巻

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紅茶の記事の影響か、マリー・アントワネット紅茶で検索して来られる方が多かったので、揚げてみます^^


ツヴァイク マリー・アントワネット 上巻

ツヴァイク アントワネット


角川文庫の新訳、上下巻を読んだ。
なかなか良かった。

もう一度、映画を見たくなりました。

映画の場面は主に上巻がメインで、娯楽映画ゆえに、歴史や政治に関する描写は意図的に避けられ、豪華絢爛、ファッション、グルメに主眼が置かれ ラストは夢の終焉とシリアスな革命の始まりを暗示して幕でした。
実は、真の醍醐味は下巻にあるので、是非お薦めしたい本です。
お薦めの順序としては、映画が先、本が後、がよろしいかと思われます。
本が先だと、映画のあまりの軽さに憤死する恐れが・・・(笑)

書籍では、ツヴァイクならではの、機知に富んだ鋭い警句、無駄のない緊張感に満ちた表現がちりばめられており、さすが名著の誉れ高い理由が頷けます。



可愛い少女の時代から38歳で断頭台の露と消えるまで沢山の肖像画を残している
少女の時代から



じっさい、ツヴァイクのマリー・アントワネットは幾多の作家や俳優達を啓発している。
池田理代子さんはこのツヴァイクのマリーを読んでベルサイユのばらを描く構想をわきたたせたといいます。
しかも、「ばかな女のなかでも最も愚かな女、でも気になって仕方ない可愛くて仕方ない女の話を描きたかった、と言っています。

振り返れば少女のうちは、英雄的でカッコいいオスカルやアンドレにばかり目がいっていましたが、おとなになってはじめてわかる、アントワネットの心の行き場のなさ、寂しさ、愛を求めてやまないこころ。
昔読んだときはあんなに彼女はだらしなく汚ならしいと思っていたのが嘘のように、彼女が哀れに思えてなりませんでした。ハプスブルグ家に生まれた女性としての運命の悲しさ、氷のような宮殿の凍て付くような孤独。

ベルサイユのばらにも登場した下のプチ・トリアノン宮の写真は、彼女が奏でたであろうハープの間。
ハープとクラブサンの空虚な調べのなか、ただただときがすぎゆくのを彼女はうつろにながめていたのではないでしょうか。
ロココの愛らしく優美な装飾に輝く館。しかし、観光客が去ると、陰気な沈黙が支配する、主のいない空虚な部屋。音楽は絶えて、もうニ度と笑いさざめく風景が甦ることはないでしょう。あまりにも寂しい栄華の抜け殻...プチ・トリアノン。



※写真はプチ・トリアノン宮の一室
プチトリアノン 個室


いまの皇室(王室)に嫁いだ妃たちのように堂々と心の病を訴えることすらできず、彼女が彼女としてなんとか生きて行くために残された道は、なにかに溺れるか、唯一愛し、愛されることだったのではないかと思います。彼女が最も人間らしく生きるために、ギリギリの精神状態を保つために・・・。

でも、この時代に死ねた人間はまだしあわせであった気がします。このあと吹き荒れる革命と血の粛清、ナポレオンの台頭から失脚、王政復古の時代までの長い冬の嵐のような混迷の時代を生き抜くことは、王族、大貴族にとってはこと更に厳しい時代であったと思われます。王の従妹や兄弟にあたるオルレアン公、プロバンス伯のような由緒ある貴族の足跡を辿れば、狡猾な彼らでも相当危ない綱渡りをして生き延びているのがわかります。

著者ツヴァイクは、王弟オルレアン公とプロバンス伯に対しては、かなり手厳しく断罪しています。おそらく、作者ツヴァイクと同世代のオーストリア・ナチス政権の中で、世渡りに通じ変節しながら生き延びる人間たちの像が重なっているのかなと思いました。



映画より カルタ賭博に興じるようになるアントワネット
映画より カルタ賭博に興じるようになるアントワネット




同じくフランス革命を背景にした題材として、逆に、英雄として 詩人として断頭台の露と散ったアンドレア・シェニエは時代の華だったなあ、と思います。

ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」オペラのほうが有名ですが、ドラマチックな作品です。
恋人マッダレーナが女死刑囚の身代わりとなって、自ら愛する詩人と共に処刑されていくラストシーンには泣かされます。

さらにフランス革命の恐怖政治の時代を背景としたオペラには、プーランクの「カルメル会の修道女の対話」がありました。
修道院も旧体制の象徴とされたがゆえ、最も厳格な戒律で知られ、革命に対する非宣誓派と睨まれて ギロチンに散った16人の殉教尼僧たちの物語。
一度観る機会があり、静かな感動の余韻が残った珠玉の作品でした。


Franco CORELLI. Come un bel dì di maggio. Andrea Chenier

シェニエのアリア「五月の晴れた日のように」 円熟期のコレッリの艶やかな声に萌えますね


以下、本(上巻)の印象的なフレーズを抜粋してみました。

◆ルイ16世は20年間、誇りも喜びも威厳もないまま、無造作に王冠をかぶり続けていた。

◆マリー・アントワネットの王妃としての20年間は、自己の周りを回る動きでしかなく、内にも外にも、人間的にも政治的にも、完全な空虚のままだった。

◆彼女の「活発なる倦怠」は金の独楽のごとくクルクル廻る。あらゆる悪魔のうちで最も愚かしい悪魔 ー快楽の悪魔ー が閉じ込めたこのペンタグラムから、外へ出たいと願ったことはなかった。

◆18世紀のモラルとは、感覚のままに生き、考えないこと。

◆外交官というものは、簡単な問題をこじらせ、重要な問題を先送りすることに誇りをもってこそ、一人前と言える。

◆オルレアン公、非創造的な性格にありがちな弱点を抱えていた。つまり体裁を気にする虚栄心だ。 プロヴァンス伯、後のルイ18世。沈黙の黒いモグラである彼は、地下にいくつも穴を掘り、兄の地位が足元から崩れるのを待っていた。

◆マリー・アントワネットは認識の木の実の苦さを味わい、夢を浮遊していたような自信をすでに失っている。

◆ただひとり愛し、ただひとり愛されたこの恋人フェルゼンは、自ら決然と、マリーアントワネットに寄り添い、それによって歴史の中へ躍り出たのである。


下巻の感想はまたいずれ。



叙情詩・恋愛詩の女神エラトーに扮したマリー(1788年)
女神エラトーに扮したアントワネット1
最後まで読んでくれてメルシィ♪


☆関西より戻りました。留守中はブロ友の皆様に何かとお世話になりありがとうございました<(_ _)>^^


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シルクロードの八宝茶

シルクロードの八宝茶


一つ前の「紅茶deナイト」が好評だったので、そのルーツである中国茶と八宝茶の記事をあげてみます^^
八宝茶



最近では、日本でも市販されて飲める場所もあり、有名になっているようだ。

初めてお茶を飲んだのは、10年以上前、山水画の風景で知られる桂林から陽朔まで漓江の川下りを楽しんだ、ツアー初日の中国の入口、広州だった。
さすがは海のシルクロードの名だたる町、露店が所狭しと並んでいるマーケットには、パラエティに富んだ食べ物、炒め物や鍋、飲み物やデザート類が、目も舌も共に楽しませてくれる。
屋台をハシゴすれば、何回転でも、B級&C級フルコースグルメが楽しめる。



広州から桂林までは、かわいい中国南方航空という国内便でひとっとび
漓江川下り
今は飛行機よりも、広州から桂林まで3時間の高速鉄道2014年12月に開通し、「陽朔週末」というモデルプランが人気とか



お腹一杯食べた後は、お茶にすることにした。八宝茶はそれなりに高級な茶らしく、中国では安いながらも、屋台食堂の一品料理に近いくらいの値段だった。
沸騰した湯を注ぎ、蓋をして数分待つ、というあたりは、まるでカップめんである。
蓋をあけると、湯気がほんのりと香辛料のような香りを放っている。
一口飲むが、期待したほど美味しいものではない。薬草臭がして苦い。
名物うまいものなしの典型か、良薬口に苦しという薬茶の類いなのかな、と思いながら、
まぁ、もったいないし、とりあえず、のまなきゃ・・と、さらに口をつける。
その時に、八宝茶の味は3段階に変化するという特徴があることを教えてもらった。

 
この茶の味の変化は、人生の3つの段階を象徴しているものであり、
 最初は苦く、次は酸っぱく、そして、最後に甘美になる。




八宝茶1




その話を聞き及んで一層の感銘を受け、茶の文化の奥ゆかしさの一端に触れた思いがした。縦長で蓋付きの茶碗の中には、緑茶のほかに、菊花、龍眼の乾燥実、紅棗(ナツメ)、枸杞(クコの実)、人参、生姜、蜜柑皮、氷砂糖など、様々なものが混じり合って入っている。

初めは苦みを感じるが、時間が経つにつれて、浮いている花と棗がひらいて、微妙に味が変わってくる。今度は茶碗の縁に柑橘系の匂いが漂って、酸っぱくなる。これが、この茶に含まれた具がもたらす魔法なのだな・・と興味深く、すっかり開いた白い花弁を見つめる。 映画「マリー・アントワネット」で、彼女ががオーストリアの大使にティカップの中の花開いたお茶を勧めながら
「これは中国のお茶よ。きれいでしょう?」と言ったのも、この類の花茶だろう。

なるほど、最後に、茶は甘くなった。底に沈んだ氷砂糖が溶けて、さまざまなエキスが交じり合い、絶妙な風味である。名残り惜しいという思いと共にそれを飲み干す。




この絵はアントワネットがまだ子供の頃の皇帝一家のティータイム。
アントワネットの姉 マリア・クリスティーネが描いた、ロイヤルファミリーのお茶の風景 小さい少女はアントワネット
絵を描いたのは長姉クリスティーネ。中央の少女はアントワネット。

当時は紅茶でなく、湯を注ぐとポン!と開く茉莉花などの中国茶を飲んでいた

工芸茶
映画マリーアントワネットでもおなじみ、水中花のような工芸茶



さて、拙ブログは世界史ブログでもあるので、ここで八宝茶の歴史をぷち紹介。

マリーアントワネットも飲んでいた中国の”花びらポン”の工芸茶の元祖である八宝茶、元々の起源はシルクロードの旅人が飲んでいたものと言われている。
西洋と東洋を結ぶシルクロードで、八宝茶は、茶でありながら茶葉を使わずにシルクロード沿線上で収穫される花や実を混ぜ合わせ、茶葉のかわりに煎じて飲んでいたのが起源らしい。のちに茶葉を嗜む中国内陸に伝わってからは、茶葉(烏龍茶)も入り、今では中国全土で飲まれている。

現在では各家庭ごと、季節ごとにおふくろの味の自家製「八宝茶」があるそうだが、漓江の川下りの舟のキャビンの卓上でサービスされた蓋付きの湯飲みに入っていたのもまた、この八宝茶だった。
しかし、ちょっと、残念。
というのも、湯飲み茶碗に味気なくお湯をカップ分だけ注ぎ一回飲むだけという、勿体ない飲み方。
やはりこのお茶は一粒で2杯以上は飲めるので大きな耐熱グラスや、透明の急須で楽しまないと、ビジュアル的にも もったいない。



しかしここはやはり中国。透明ガラスよりはチャイナ(陶器)を好むのでしょう(笑)
その名も広東芳村茶業城 透明ガラスよりは陶器チャイナ
その名も広東芳村茶業城 さすがはお茶のメッカ




お土産に幾つか買ってきたが、帰国して家族で楽しみ、まもなく飲み終えてしまった。
こうした思い出そのものも、すっかり記憶から消えかけていたのだが・・・
先日、偶然に、横浜の中華街で見つけた。中国茶を選んでいると、南欧人っぽい若いカップルに、「このお茶は美味しいのか?」と袋を示され、尋ねられて、意外な場所で再発見した。
「うまいもまずいもない、エクセレンテよ♪」と答えて、我もと、同じ袋を買い求めた。
しかし、つい自分の感慨に浸って、飲み方や、途中で味が変わることの意味を、彼らに説明することにまでは思い至らなかった。
おそらく、一口飲んで「うへっ、ヘンな味ぃ~」という感想を抱いて、もう買わないか、最初から砂糖をザラザラと入れて、スプーンでグルグルかき回して飲むことだろう・・・
彼らが去ってしまってから、思わず、そんな想像をして苦笑した。


願わくば、人生の最後は甘やかなものであってほしい、と念じるものである。
先日のお茶のテーマを引き、茶にまつわるエピソードを思い出したので一筆。



美雨



こうなるともう遊びの世界?
こうなるともうアートの世界?最後まで読んでくれてありがとう
最後まで読んでくれてありがとう^^



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ただいま所要で関西におります。旅の空ゆえ暫くコメント欄を閉じさせていただきます(ぺこりん)
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プロフィール

MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

過去記事は画面右上の検索フォームか左下のカテゴリー、早見表で探して下さい。

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風の国
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風の国あれこれ
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人生画報
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善徳女王
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