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2019.12/23 [Mon]
冬至の日と聖人

冬至の日と聖人

昨日は冬至でしたね。
またこんな星座たちを仰ぎ見る季節が巡ってきました。
冬至・・・昼の長さが最も短い日。
ちょうど陰が極まったといえます。
またどんどん昼が長くなり始めますね。
また陽に転じ始めた。
易経 の「繋辞伝 」にもありますね。
「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」
春夏秋冬の動きのように変わってゆくのですよね。
まさに一陽来福、陰きわまりて陽がはじまってゆく、ふくらんでゆく、はじまりの日です。

ボッティチェリの「東方三博士の拝礼」
そしてクリスマス。
救い主イエスのご誕生。
イエスさまが生まれた当時のイスラエルでは一日の始まりは夜明けからで、翌日の夜明けまでを一日と考えていたそうで、救世主の誕生が冬至の儀式(その当時のローマ世界でも冬至の夜を特別のものと考えていた)と重なったのは自然な流れだったんですね。
私はクリスチャンではないのだけれど、ひょっとして創造主は、地球全体が最も陰に達して、これから陽に向かおうとしようとするとき、世を救うために、御子をお遣わしになったのか...なんて妄想してしまいます。
たしかに、 冬至の夜が特別の意味を持つと考えても、それは自然な話です
冬至は一年で一番夜が長く、その日を境にして新しい年が生まれると考えても不思議ではありません。
Gabriel Faure 'Sanctus' フォーレのレクイエムからサンクトゥス
冬至の日が来るころ、聴きたくなる聖歌です (広告スキップして聴いてね
皆さんにとって今年はどんな年でしたか?
私は、新しい仕事を始め、こんなに忙しいのはCA時以来ですが、精神的には充実していた気がします。
ネット上でも、リアルでも、また、素敵な出会いが沢山ありました。
というか、出会いだけでなく、そう、素敵な再会がたくさんあったのです。
それも、行方がわからなくなっていた恩人などの便りも・・・
再会って、ふたたび会うと書きますが、再開ともかけますね。ふたたびひらく・・・・
一陽来福、再開って素敵な言葉だだなぁ、と、しみじみ思える今日この頃です。

朔旦冬至は太陽と月の復活が重なる日 数年前の朔旦冬至は記憶に新しいところです
さて、冬至に話題を戻しますが(笑)
古来、冬至は新年の起点として考えられていました。
しかし昔は冬至の日は「死に一番近い日」とも言われており、その厄〔やく〕を払うために体を温め、無病息災を祈るために、香りに邪を祓う霊力があると信じられている柚子のお風呂に入るなどして夜を越していたようです。
また、冬至は「とうじ」と読みますが、これを「湯治〔とうじ〕」とかけて生まれたのが柚子湯(柚子を入れたお風呂)です。柚子自体にも意味があり、「融通〔ゆうずう〕が利きますように」という願いが込められているそうです。
今年は禊ぎの意味も兼ねて柚子湯に入りました。庶民の私としては大贅沢ですが(笑)、お風呂のためだけに2キロばかり買ってきて、湯船にあますところなく浮かべるのが夢でした。(笑)気分的にも明るくなれます。
そういえば、中国の太陰暦でも冬至は暦の起点とされ、厳粛な儀式を行っていたとか。日本には中世になって伝わり、宮中などで朔旦冬至〔さくたんとうじ〕という祝宴を催していたようです。
夏至に極まる陽の時期と反対に、いまの陰の時期というのは全ての森羅万象がエネルギーを凝結させ とりわけ精神的に極まる時期。
そんな静かなる日々を、強く、静かに、そして つましく生きたいと思えるこの頃です。

現代に受け継がれている 冬至の日のゆず湯
陰というと一見、ネガティブな熟語と結びついて、良いイメージがわかないかもしれないけど、老子の五行説はじめ、東洋思想の「陰陽対極」では、ひとつの個として大きな存在で、冬と夏、天と地、男と女、のような無くてはならない重要な意味をもつ言葉なんですよね。
とりわけ夏至の陽の気と冬至の陰は一対で、夏至(陽)が外的なアクティブさを、冬至(陰)が内面の充実を表していると言ます。それでも、美雨は、この陰の極まる冬が結構好きなんです。
夏至から放出してきたエネルギーをリセットして、冬至の日からまたこつこつ貯めこんで楽しい春を迎えましょう・・・そんな、春を待つきもち。
陰の気のほうが強かったと感じるひとも大丈夫。
辛い事は、出来れば避けたいけれど、辛い事を乗り越えた人だけに与えられる、力・パワー・エネルギーがあると、私は思います。それが、これからの人生、自分を支えるための、心強い味方になる事でしょう。
美雨
最後まで読んでくれて・・・ありり?

最近は、カピバラのゆず湯があるそうですヨ!
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2件オープンしました。お値段手ごろで綺麗なお宿です^^よろしくね!
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2019.12/03 [Tue]
クリスマスの聖母
仕事が一番忙しい時期で、更新が遅れ、またブロ友の皆様に不義理をしてしまいすみません<(_ _)>

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クリスマスの聖母

聖母子 イコン画
一年のイベントの中でもクリスマスが一番好きです。
バレンタイン、桃の節句、ハロウィン・・・いろいろ思い浮かべますが、やはりダントツ一番はクリスマスですね。
連れがいてもいなくても、あのキラキラなイルミネーションの中を歩くと幸せな気持ちになります。
いまは白や青などのLEDもフツーにあって、夢の世界のようですよね。
そういえば、小さい時から1年中、X'masソングばかり歌ってました
クリスマスの神聖な雰囲気が子供心に大好きだったんですね。
クリスマス・ツリーを買ってもらった年は、もう至福でした。
ツリーは、森のひな形なんですよね。イエスさまや、サンタさんのいる森の入口なんです。
いまはあまり見かけなくなりましたが、白い綿を丁寧にかぶせて、こころはホワイトクリスマスの中に飛んでいました。
ツリーを飾るプロセスのなかに、自分のクリスマスワールドを構築していくことに、きっと 意義があるんですね。
ひとそれぞれ、思い描くクリスマスワールドは違くとも、日常とかけ離れたロマンチックな情景であることには変わりないでしょう。

クリスマスというと、みなさんは何を思い浮かべますか?
キラキラ,まぶしい光。
雪景色。
サンタさん。
天使。
プレゼント。
クリスマスカード。
デコレーションケーキ。
中には、鳥の丸焼き!なんて人もいました。(笑)
色を思い浮かべる人も多いかもですね。
ツリーの緑、サンタの赤、雪の白・・・・思い返すと、イタリアン・トリコロール、ピザの色ですね。
12月は殆ど、このカラーが世界を支配する、といってもいいかもしれません。
カノジョいない軍団がクリスマス反対運動を展開しても、あのトリコロールが不快とかクリスマス嫌いだから、色まで覆してやる!という人まではいないようで不思議です。
”クリスマス”は嫌いでも、本当はみんな、”クリスマスワールド好き”が潜在意識に あるのでしょうね。

これが宗教色を帯びてくると、また一寸話は変わってきますね。
敬虔なクリスチャンが、こんな感想を聞いたら、きっと怒って
”何をいうか、クリスマスと言えば「ミサ」だろう、「東方三博士」そして「讃美歌だ」など、眉をしかめられそうですが、
日本人のクリスマスイメージはどこか一人歩きして、実に平和的で、私はいいと思います。
子供たちにクリスマスって何の日?と聞くと、多くの子が「サンタさんの誕生日!」と答えるので、ほほえましいものです。
そんな、宗教に束縛されない平和と自由こそを、本来イエスさまは尊び、喜ばれた筈です。
・・・といいつつも、幼稚園がミッション系だtったので、幼児期に先生に沢山読んでもらった(であろう)イエスさまの絵本や、讃美歌や、皆で演じたお芝居などが刷り込み効果として残り、子供心に“クリスマス”のイメージをかたちづくっていくんですね。
一生懸命、歌ったり祈った子には、先生が一日一人だけ美しいカードをくれます。
あとでわかったことですが、それは、山下りんのイコン画のカードで、今思うと、ミッション系というより、あの幼稚園はロシア正教系の施設だったのでしょう。なぜなら、初めてもらったカードがあまりに嬉しくて、その絵を覚えていたからです。
子供のイメージ力ってすごいなぁと我ながら驚きましたが、思春期になって山下りんという女流画家と正教が結び付いた時は衝撃的で、なんか、秘密の花園の鍵を見つけたようで、しばらく眠れませんでした。他人からすればたわいもない事でしょうが、そんなことが、ドキドキするほど嬉しかったのです。
そして、先生がお茶の水のハリストス教会に、このカードを買い付けに行っていたことも、大人になって推測がつきました。

東方三博士の礼賛 こちらも りん画伯のイコン画
とはいえ、
カトリック、プロテスタント、正教etc,etc・・・
子供なので、そんなことはどうでもいい。
まして、宗派や教義教論など、理屈はぬきにして、クリスマスの根幹であるクリスチャニティー、いわゆる「キリスト教」のイメージを強固にしてくれたのは、「野ばら」という他愛もない映画でした。
それは小学6年生のとき道徳の時間に視聴覚室のスクリーンで観た、音楽映画だったのですが、見終えたあとはもう滂沱。
涙ボロボロで、その日一日ボーッとしていた覚えがあります。
それも、まったく宗教色のない作品だったのに。
登場人物は、おじいさんと犬、少年と合唱団員、歌の先生と、舎監のマリアさん、その位なのに。
でも、その素朴さが逆によかったのかもしれません。
宗教色を全面に出していたら、子供心に構えてしまい、道徳の「勉強」として終わり、今ここで思い出すことすらなかった筈。
それよりも背景の美しさ、陰影や余韻が心に響いて、マリア様ってなんだろう、イエス様って本当にいらっしゃるのだろうか?
と、みずからが求めたくなるのが、本来のクリスチャニティーの姿の筈。
いま思うと、マリア先生は聖母マリアで、音楽(芸術)は神への捧げものであり、嫉妬と対抗意識はメフィストの罠であり、少年トーニに対する周囲の慈悲の心こそが神の分魂=神性であった訳なんですが。
宗教の教義教論なんてなくても、感動こそが神の愛だと思える、大人になったいまでも観たい映画です。
シューベルトに恋したのも、この時でしたね。
クリスマスが巡ってくるたびに、あの情景と妙なる調べがあふれ出て、胸がときめきます。
F.シューベルト アヴェ・マリア 「野ばら」より
https://www.youtube.com/watch?v=YF31F8dmXkg&list=RDYF31F8dmXkg&start_radio=1&t=32
話変わりますが
ひところ、西のルミナリエ(神戸)に対抗して、東京ミレナリオなんていう冬の電飾イベントがありました。
本来は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託したイベントな筈なのに、こちらはいつのまにかクリスマスのデコレーションイメージと結びついて、「きれい!」「ロマンチック」という話題が一人歩きして”超”がつく大混雑に、怪我人や救急車まで出る始末、結局 東京駅のミレナリオは7年で打ち切りになりました。
人間って、光るものが大好きなんですね。
「もっと光を!」と死に際に叫んだ大文豪もいる位ですし。(笑)
確かに、人は光なしに生きれません。植物もまたしかり。
闇が死や絶望の象徴であるのに対し、光は希望であり、いのちの原動力という人もいます。
実際、老いるほどに人が早く目覚めるのは、闇の中に目覚めないこと=死への恐怖と、光がさすと「まだ生きている」と喜びを感じる心理が作用しているそうです。

そう言えば、こちらもマリアですが 映画「Sound of Music」の中で、修道女見習いだったマリアが、”世の中で一番尊いものは何か?”の問いかけで、”それはお天道さまの光です”と教わるくだりがありました。
光が 生きるエナジーそのものであるなら、そのキャリアー;運び手はいつもマリアなんですね。
修道女マリアも、ノントラップ家でそうしたし、野ばらのマリア先生は聖母そのものでした。
つまり、どの女性もひとりひとり聖母マリアの分魂(神性)を持っていて、光をとどける役割を持っている。
家庭でも、社会でも、光で照らす役割は、女性=マリアなのでしょうね。
姿や形、呼び名は違っても、聖母信仰がおのずと各地に根づいているのは、自然の理かもしれませんね。
ということで、美雨も、もっと光を求めて、明日のクリスマスイブは 話題の相模湖イルミリオンに行って参ります。^^
それでは 皆さん ,どうぞ素敵なクリスマスを。
美雨
寒いんだけど、あったかい!それがクリスマスだよね

皆さんにサンタさんから素敵な贈り物がありますように。メリークリスマス!
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いまは白や青などのLEDもフツーにあって、夢の世界のようですよね。
そういえば、小さい時から1年中、X'masソングばかり歌ってました
クリスマスの神聖な雰囲気が子供心に大好きだったんですね。
クリスマス・ツリーを買ってもらった年は、もう至福でした。
ツリーは、森のひな形なんですよね。イエスさまや、サンタさんのいる森の入口なんです。
いまはあまり見かけなくなりましたが、白い綿を丁寧にかぶせて、こころはホワイトクリスマスの中に飛んでいました。
ツリーを飾るプロセスのなかに、自分のクリスマスワールドを構築していくことに、きっと 意義があるんですね。
ひとそれぞれ、思い描くクリスマスワールドは違くとも、日常とかけ離れたロマンチックな情景であることには変わりないでしょう。

クリスマスというと、みなさんは何を思い浮かべますか?
キラキラ,まぶしい光。
雪景色。
サンタさん。
天使。
プレゼント。
クリスマスカード。
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中には、鳥の丸焼き!なんて人もいました。(笑)
色を思い浮かべる人も多いかもですね。
ツリーの緑、サンタの赤、雪の白・・・・思い返すと、イタリアン・トリコロール、ピザの色ですね。
12月は殆ど、このカラーが世界を支配する、といってもいいかもしれません。
カノジョいない軍団がクリスマス反対運動を展開しても、あのトリコロールが不快とかクリスマス嫌いだから、色まで覆してやる!という人まではいないようで不思議です。
”クリスマス”は嫌いでも、本当はみんな、”クリスマスワールド好き”が潜在意識に あるのでしょうね。

これが宗教色を帯びてくると、また一寸話は変わってきますね。
敬虔なクリスチャンが、こんな感想を聞いたら、きっと怒って
”何をいうか、クリスマスと言えば「ミサ」だろう、「東方三博士」そして「讃美歌だ」など、眉をしかめられそうですが、
日本人のクリスマスイメージはどこか一人歩きして、実に平和的で、私はいいと思います。
子供たちにクリスマスって何の日?と聞くと、多くの子が「サンタさんの誕生日!」と答えるので、ほほえましいものです。
そんな、宗教に束縛されない平和と自由こそを、本来イエスさまは尊び、喜ばれた筈です。
・・・といいつつも、幼稚園がミッション系だtったので、幼児期に先生に沢山読んでもらった(であろう)イエスさまの絵本や、讃美歌や、皆で演じたお芝居などが刷り込み効果として残り、子供心に“クリスマス”のイメージをかたちづくっていくんですね。
一生懸命、歌ったり祈った子には、先生が一日一人だけ美しいカードをくれます。
あとでわかったことですが、それは、山下りんのイコン画のカードで、今思うと、ミッション系というより、あの幼稚園はロシア正教系の施設だったのでしょう。なぜなら、初めてもらったカードがあまりに嬉しくて、その絵を覚えていたからです。
子供のイメージ力ってすごいなぁと我ながら驚きましたが、思春期になって山下りんという女流画家と正教が結び付いた時は衝撃的で、なんか、秘密の花園の鍵を見つけたようで、しばらく眠れませんでした。他人からすればたわいもない事でしょうが、そんなことが、ドキドキするほど嬉しかったのです。
そして、先生がお茶の水のハリストス教会に、このカードを買い付けに行っていたことも、大人になって推測がつきました。

東方三博士の礼賛 こちらも りん画伯のイコン画
とはいえ、
カトリック、プロテスタント、正教etc,etc・・・
子供なので、そんなことはどうでもいい。
まして、宗派や教義教論など、理屈はぬきにして、クリスマスの根幹であるクリスチャニティー、いわゆる「キリスト教」のイメージを強固にしてくれたのは、「野ばら」という他愛もない映画でした。
それは小学6年生のとき道徳の時間に視聴覚室のスクリーンで観た、音楽映画だったのですが、見終えたあとはもう滂沱。
涙ボロボロで、その日一日ボーッとしていた覚えがあります。
それも、まったく宗教色のない作品だったのに。
登場人物は、おじいさんと犬、少年と合唱団員、歌の先生と、舎監のマリアさん、その位なのに。
でも、その素朴さが逆によかったのかもしれません。
宗教色を全面に出していたら、子供心に構えてしまい、道徳の「勉強」として終わり、今ここで思い出すことすらなかった筈。
それよりも背景の美しさ、陰影や余韻が心に響いて、マリア様ってなんだろう、イエス様って本当にいらっしゃるのだろうか?
と、みずからが求めたくなるのが、本来のクリスチャニティーの姿の筈。
いま思うと、マリア先生は聖母マリアで、音楽(芸術)は神への捧げものであり、嫉妬と対抗意識はメフィストの罠であり、少年トーニに対する周囲の慈悲の心こそが神の分魂=神性であった訳なんですが。
宗教の教義教論なんてなくても、感動こそが神の愛だと思える、大人になったいまでも観たい映画です。
シューベルトに恋したのも、この時でしたね。
クリスマスが巡ってくるたびに、あの情景と妙なる調べがあふれ出て、胸がときめきます。
F.シューベルト アヴェ・マリア 「野ばら」より
https://www.youtube.com/watch?v=YF31F8dmXkg&list=RDYF31F8dmXkg&start_radio=1&t=32
話変わりますが
ひところ、西のルミナリエ(神戸)に対抗して、東京ミレナリオなんていう冬の電飾イベントがありました。
本来は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託したイベントな筈なのに、こちらはいつのまにかクリスマスのデコレーションイメージと結びついて、「きれい!」「ロマンチック」という話題が一人歩きして”超”がつく大混雑に、怪我人や救急車まで出る始末、結局 東京駅のミレナリオは7年で打ち切りになりました。
人間って、光るものが大好きなんですね。
「もっと光を!」と死に際に叫んだ大文豪もいる位ですし。(笑)
確かに、人は光なしに生きれません。植物もまたしかり。
闇が死や絶望の象徴であるのに対し、光は希望であり、いのちの原動力という人もいます。
実際、老いるほどに人が早く目覚めるのは、闇の中に目覚めないこと=死への恐怖と、光がさすと「まだ生きている」と喜びを感じる心理が作用しているそうです。

そう言えば、こちらもマリアですが 映画「Sound of Music」の中で、修道女見習いだったマリアが、”世の中で一番尊いものは何か?”の問いかけで、”それはお天道さまの光です”と教わるくだりがありました。
光が 生きるエナジーそのものであるなら、そのキャリアー;運び手はいつもマリアなんですね。
修道女マリアも、ノントラップ家でそうしたし、野ばらのマリア先生は聖母そのものでした。
つまり、どの女性もひとりひとり聖母マリアの分魂(神性)を持っていて、光をとどける役割を持っている。
家庭でも、社会でも、光で照らす役割は、女性=マリアなのでしょうね。
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2019.11/16 [Sat]
十字軍、レコンキスタの発祥地 コバドンガ (スペイン)
十字軍、レコンキスタの発祥地 コバドンガ

コバドンガ。
此処は、イベリア半島における十字軍、レコンキスタの発祥地である。
722年、西ゴートの将軍ペラーヨが、背水の陣を敷いてイスラム勢に立ち向かい、最初の勝利を収めた。
個人的に言えば、レコンキスタの戦略的要素と創作伝説の匂いがする、世俗的な雰囲気のサンティアゴよりも、むしろ此処の方が、スペインのキリスト教徒にふさわしい厳粛な聖地のように感じられる。
深い森に覆われた狭い谷間を遡って行く。車窓からの風景を見ながら鮮やかに思い出したのは、黒海沿岸の港町トラブゾンから内陸に入った「スゥメラ僧院」である。イスラム教徒に支配されたトルコにおいて、ビザンチン以来のキリスト教を受け接いだ修道僧たちが立て篭もって、近代まで信仰を守ったという。
もう1か所、記憶から蘇ってきたのは、以前フランスからスペイン・ピレネー地域を旅した時に立ち寄った、昔のアラゴン・ナバラ領のハカ付近にある、サン・ファン・デ・ラ・ペニャ修道院の王家の墓所である。
やはり深い森の中の岩壁を掘ったその奥に、ひっそりと納められていた。イスラム勢力に対するレジスタンス魂を死後もなお子孫に伝えようとしているかのような鬼気迫るものを感じたものだ。
これらに共通するのは断崖絶壁の地形で、デジャヴ体験のように本当によく似ている。

絶壁上の洞窟の奥には小さなお堂。英雄ペラーヨの簡素な棺は、穿たれた岩穴の中に、全く飾り気なく安置されている。
後代に建立した教会は確かに立派で、博物館の展示品も貴重なものばかりだが、真に心を打つのは、泉湧く断崖の上の、この場所である。
想像によって描かれた肖像画ではあるが、ペラーヨの容貌は、まさに闘志の塊である。712年、西ゴート王国が滅亡。イベリア半島の大部分はイスラム教徒によって征服されたが、残った少数の仲間を集めて、敢然と戦いを挑んだ。決して長いものに巻かれない、岩よりも堅い信念。
たとえこの地で敗れても、さらに谷間を遡り、遂には2648mのピコス・デ・エウロパの頂きに追い詰められて、最後はたった独りになってもなお、ペラーヨは戦い続けたであろう。
美雨
❤最後まで読んでくれてありがとう❤

クルーセイルのペラーヨ将軍より
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コバドンガ。
此処は、イベリア半島における十字軍、レコンキスタの発祥地である。
722年、西ゴートの将軍ペラーヨが、背水の陣を敷いてイスラム勢に立ち向かい、最初の勝利を収めた。
個人的に言えば、レコンキスタの戦略的要素と創作伝説の匂いがする、世俗的な雰囲気のサンティアゴよりも、むしろ此処の方が、スペインのキリスト教徒にふさわしい厳粛な聖地のように感じられる。
深い森に覆われた狭い谷間を遡って行く。車窓からの風景を見ながら鮮やかに思い出したのは、黒海沿岸の港町トラブゾンから内陸に入った「スゥメラ僧院」である。イスラム教徒に支配されたトルコにおいて、ビザンチン以来のキリスト教を受け接いだ修道僧たちが立て篭もって、近代まで信仰を守ったという。
もう1か所、記憶から蘇ってきたのは、以前フランスからスペイン・ピレネー地域を旅した時に立ち寄った、昔のアラゴン・ナバラ領のハカ付近にある、サン・ファン・デ・ラ・ペニャ修道院の王家の墓所である。
やはり深い森の中の岩壁を掘ったその奥に、ひっそりと納められていた。イスラム勢力に対するレジスタンス魂を死後もなお子孫に伝えようとしているかのような鬼気迫るものを感じたものだ。
これらに共通するのは断崖絶壁の地形で、デジャヴ体験のように本当によく似ている。

絶壁上の洞窟の奥には小さなお堂。英雄ペラーヨの簡素な棺は、穿たれた岩穴の中に、全く飾り気なく安置されている。
後代に建立した教会は確かに立派で、博物館の展示品も貴重なものばかりだが、真に心を打つのは、泉湧く断崖の上の、この場所である。
想像によって描かれた肖像画ではあるが、ペラーヨの容貌は、まさに闘志の塊である。712年、西ゴート王国が滅亡。イベリア半島の大部分はイスラム教徒によって征服されたが、残った少数の仲間を集めて、敢然と戦いを挑んだ。決して長いものに巻かれない、岩よりも堅い信念。
たとえこの地で敗れても、さらに谷間を遡り、遂には2648mのピコス・デ・エウロパの頂きに追い詰められて、最後はたった独りになってもなお、ペラーヨは戦い続けたであろう。
美雨
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2019.11/04 [Mon]
銀の王国 Hiwami ~世界遺産 石見銀山~
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銀の王国 Hiwami ~世界遺産 石見銀山~

はじめに
よく夢をみます。
夢で聞いた良い台詞や音楽はノートや五線譜に写し取っている美雨です。
昔、5年ほど夢日記をつけていたことも。
夢なんて考えてみたらどれも荒唐無稽なものばかりで、脈絡なんて無いと言われればそれまでなのだけど、
現実よりリアルなものもあって、一概に荒唐無稽と言えないと信じている私です。
不思議なものは、実際は行ったこと無い筈なのに、よく出てくる風景、また家屋など。
夢のなかでも、「あれ、また出てきた」と良く認識しているのです。
そして良く会う人。
実際は面識もちろんないのに。
最近、ぷち不思議に出会って、ある世界遺産へ導かれました。
それも、二か月ほど前に出会った女性が、夢の中にあらわれて、「美雨さん、石見にいくとよいですよ。銀のパワーをもらってください」と言うのです。
麗質で、女神というか、仙女さまのようなオーラを放つ方なのですが、ああしたインスピレーティブな雰囲気というのは、作ろうと意図してもなかなか作れるものではありません。内包するエネルギーとか波動によって、偶然的かつ必然的に生まれるものだと思うからです。
出会いって不思議ですね。
ポルトガルの宣教師が作成し16世紀後半にヨーロッパで出版された地図

Hiwami(石見国)とその上にラテン語でArgeni Fodeinae銀鉱山との記載
不思議といえば、そもそも石見銀山の遺産登録じたい、奇跡の出来事で、オーガナイズした人たちのエネルギーとか 石見の持つ不思議なバイブレーションが旬の時空に合致して、偶然的かつ必然的に生まれた奇跡のようです。
そして、自分にとっては、その地に訪れたのもまた奇跡。
その仙女のような女性が夢で”いわみ”というキーワードを教えてくれなければ、まったく興味もわかなかった地なのですから。というより、自分的には無名に近かったような・・・
同じ島根でも出雲大社は大好きで、よく訪れるのに、すれ違ってしまう地ってあるんですね。
あんなすばらしい名所なのに。
うまく言えないのですが、この磁場にうまく引かれるよう自分の極をスイッチしてもらった感じです。

石見銀山と聞いても、ピンと来ないひとのために。ぷち解説。
2007年7月に世界遺産登録するまでの歩み
石見銀山は、1526年に九州博多の豪商神屋寿禎(かみやじゅてい)によって発見されて以来、1923年の休山まで400年にわたって採掘してきた世界有数の鉱山遺構。
大航海時代の16世紀、石見銀山は日本の銀鉱山としてヨーロッパ人に唯一知られた存在でした。
16世紀半ばから17世紀はじめには、世界の産銀量の約1/3を占めた日本銀のかなりの部分が石見銀山で算出されたものだったそうです。
石見銀山で産出された銀は高品質で評価も高く、アジア諸国とヨーロッパ諸国を交易でつなぐ重要な役割を果たしていました。
2007年7月、環境に配慮し、自然と共生した鉱山運営を行っていたことが特に評価され、「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、鉱山遺跡としてはアジアで初めての世界遺産に登録されたのでした。
間歩(まぶ)と呼ばれる銀鉱石の採掘坑道。石見で2番目に大きい龍源寺間歩。(外側)

石見には、大小合わせてなんと600箇所以上の間歩が点在する。
有名な龍源寺間歩(内側)本来の長さは600mに及ぶが、観光用に157mが公開されている。

坑道に沿って20もの横穴、垂直に100m掘られた竪坑がすごい。ノミの跡がそのまま残っててリアル。
・・・と言われても、他にも多くの金山や鉱山が日本にはまだまだあるのに、ひいては世界にはもっとスケール大きな鉱山もあるのに、なぜ石見?と疑問が湧く人も少なくないでしょう、先月までの私みたいに。(笑)
ということで、決定打となった、石見銀山が持つ世界遺産としての普遍的価値をここで再確認してみたい。
石見銀山遺跡が世界遺産登録にの決めてとなった価値とは
1.世界的に重要な経済、文化交流を生み出した
16世紀、石見銀山では東アジアの伝統的な精錬技術である灰吹法(はいふきほう)を取り入れ、良質な銀を大量に生産した。日本史上まれな銀生産の隆盛により、大量の銀が貿易を通じ、16世紀から17世紀の東アジアへ流通したことで、東西の異なる経済・文化交流が行われた。
2.伝統技術による銀生産方式を豊富で良好に残す
江戸時代の石見銀山では、従来の伝統技術による銀生産が続けられた。明治維新を迎えた19世紀後半以降、ヨーロッパの産業革命で発展を遂げた新技術が導入されたにも拘わらず、銀鉱石が枯渇したために鉱山活動が停止し、その結果、今日、石見銀山遺跡には鉱山開発の伝統技術による銀生産の跡が良好に残されている。
3.銀の生産から搬出に至る全体像を不足なく明確に示している
石見銀山遺跡は、銀の採掘から精錬、搬出に至る鉱山運営の全体像を明確に示している。また、銀山に関係する遺跡と豊かな自然環境が一体となって文化的景観を形成する例は、世界的に極めて貴重である。
なるほど、遺構だけではダメなんですね。
遺跡と文化、人と自然の共生・・・これが世界遺産としての真価なのでしょう。


表 & 裏
ちっちゃいですが本物の銀に、石見の各名所のパワーを封じ込め、おまもりに。
伝説のジパング地下王国内で げん担ぎ?銀かつぎ
16世紀、大航海時代、ソーマ(SOMA)銀と呼ばれ、世界の銀市場を沸かせた石見銀山:銀鉱山王国。
ポルトガルの国家重要機密文書でもあった世界地図には、R・AS MINAS DA PLATAと記されています。
世界の銀の1/3をも産出した石見銀山はゴールドラッシュならぬシルバーラッシュに沸き、隆盛期の江戸初期にはなんと20万人もの人々が住んでいたという。当時、江戸にも人口100万人、大阪には28万だったというから、とてつもなく巨大な鉱山都市であったことが窺えるというもの。
100年近くひっそりとお休みしていた石見銀山が、世界遺産の登録という形で華々しく歴史の舞台に再浮上するのも、また必然であったかもしれません。
そんな石見銀鉱山王国で、いま観光客に流行っている、ぷち・ゲン担ぎというか、銀かつぎがあるらしい。
ただ観光名所をまわるのでなく、お気に入りの銀を持って、各名所を巡りながら、そのパワーを吸収して持ち帰る、という可愛いおまじないみたいなものなのだけど、楽しそうなので美雨も相方と乗ってみました。
好きな名勝を回ったあと、銀の裏に巴の渦巻き文様を、パワーを封印する意味で、特殊ノミでトントンします。銀も1000円から買えるし、ノミも貸してくれます。なんか、おもしろかったかも♪
「月の雫」という名で、売っています。名前が奇麗でしょう?(※飲み屋さんではありません。笑)
文様を自分で入れたプチ・銀は、おまもりやストラップ用に、加工してもらえます。
銀鉱山王国Hiwami(いわみ)と記載されている

ポルトガル王国所蔵だった大航海時代の日本地図
赤いポストがレトロな街にぴったり

店先や軒下に飾られたさりげない草花がどれも素敵
魅力あふれる城跡と城下町のたたずまい、信仰と人々の暮らし
銀鉱山だけが石見の魅力にあらず。
山から見下ろす石見の街並みや寺社仏閣は本当にきれい。作られた煌びやかさでなく、自然と調和したその素朴ななたたずまいが何より美しいと、訪れる人は皆感じとるに違いない。
目をつむって、深呼吸して、五感と魂で感じてほしい、天と地と、もひとつ、地底のちから。
天から降る光のシャワーと、足の底から元気が湧きたつような地のちから、共にいただけるような、他の名所に無い不思議な感覚を感じるかもしれません。
そこで、美雨が回ったとっておき素敵スポットを急ぎ足ですが紹介。
とりわけ”気”がよかったところをいくつか。パワスポ好きな方にもおすすめの場所です。
<羅漢寺>
羅漢寺の石窟には500体もの羅漢像が。泣いたり笑ったり、まるで生きてるみたいに喜怒哀楽の表情の羅漢たちには、必ずや自分や家族の顔そっくりな像がいるという。像の寄進者には大奥の女性もいたそう。

名水100選に選ばれ、山吹城を支配した各代武将にも運ばれていた羅漢寺の清水と、道路向かい側の拝殿(セットです)の銭洗い弁天、秘仏の大元帥明王、あまりにヴィヴィッドで感動。(公開中でした♪)
道路対岸の羅漢さまたちが安置されたそれぞれのお堂、巨大な岩をくりぬいて作られています

右)一部ですが、羅漢さんたち。 ひそひそ話が聞こえてきそうな表情
観世音寺
赤い仁王門がひときわ目立つ、岩に立つお寺。最高の眺望。
大森代官所の代官が石見銀山の隆盛を祈願する祈願所でした。
斜面も景観もどこか独特 仁王のいる観世音寺

岩山のうえの仁王様、ヨンムンみたいでチョワ❤。

観世音寺から街並みを臨む 絶景紅葉
城上神社
祭神は、大物主命(おおものぬしのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)。
15世紀、大内氏によって大森町愛宕山に遷座され、16世紀に毛利(もうり)氏によって現在位置に遷座、造営された。

美しすぎる境内の紅葉
拝殿の鏡天井に描かれた極彩色の天井絵「鳴き竜」は、三瓶山麓の絵師梶谷円林斉守休(かじたにえんりんさいもりやす)の手によるもの。絵の真下に立って手をたたくと、天井がリンリンと鳴り響きます。もともと鳴き竜は、日光東照宮の薬師堂の天上に描かれた絵のことだが、石見にもこんな素晴らしい鳴き竜を拝めるのは嬉しい。

美雨も叩いてみました♪ 真下にいる人以外には聞こえないので、秘密の❤お願いをしてもイイかも?
咄々(とつとつ)庵 旧渡辺家
国指定史跡の武家住宅、渡辺家。世界遺産登録の際、子孫の方々に寄贈されたそう。江戸時代の武家屋敷の生活空間を楽しみながら、いまはフランス懐石料理を楽しむ料亭に。
人気のランチは3か月前から予約がいっぱいで、入れませんでした。(涙)神社仏閣というわけではないのに、不思議なオーラを感じる場所でした。一昔前までは、この正面から入れるのはお殿様とご主人だけだったとか・・・
内部や庭、借景がとっても素敵。お食事がダメでも、記念写真だけでも撮らせてもらえたらラッキーフォトになるかも?

銀山に向かってあるくツアーの途中、咄々(とつとつ)庵でガイドさんから説明を

ガイドさんのジャンパーもシルバーに輝いて・・・@@!?不思議なオーラを感じる屋敷
勝源寺
手つかずのお寺だけど、縁起のよさそうな名と紅葉がいい。

隠れキリシタン地蔵なる珍しいお地蔵さんがいるらしい。
製錬石 清水谷精錬所跡
この石、これだけ穿たれるのに、どれほどの銀が精錬されたのだろう・・・

なにも語らぬ石が、これだけ雄弁にロマンをかきたててくれます。どこか不思議を感じたのでパチリ。
石見銀山発見の決め手!ヘビノネゴザ
何、このショボいシダ!?
とおもうなかれ。なんと、この枯れかけたしょぼいシダが、石見が銀の卵だと教え、山陰をドル箱にしてくれた、ありがたい植物なのだ。金、銀、またレアメタル等のうずもれている鉱脈を探す山師たちは、このヘビノネゴザの生えたところに鉱脈があると知っていたのだ。決して霊感だけが頼りだったわけではない。

石見銀山では龍源寺間歩(まぶ)入口付近でヘビノネゴザが見られる。実際、この間歩で莫大な銀鉱石が採掘されている。普通、シダは冬になっても枯れないが、龍源寺間歩入口のヘビノネゴザは冬になると枯れる。
その昔、山師は冬になると、「枯れたシダを探せ」と冬山を歩いたとも言われている。
皆様のお宅の庭や近所の山に、ヘビノネゴザは生育していませんか。美雨がお伺いします♪
石見猫
いみありげな猫たち。銀に光るにゃんこも。
石見は猫王国とも聞いていたけど、本当にネコが多い。それも、どこか人面猫っぽい、ユニークな面差しのネコばかり。
「吾輩は唯猫でにゃい。銀山ネコである」と言わんばかりに威風堂々。
車をじょうずによけて歩くノラちゃんたち。帰りのバス停で見送ってくれるかの様に集まってきました。
不思議ニャ!

街道を歩くと、一度はどこかでひとなつっこい猫たちに会える石見。招き猫の国。
結びに
上にご紹介したのはごくごく一部で、決して代表的な名勝ばかり、という訳ではありません。
載せていないけど、山師たちに霊感を授けた不思議な伝説に彩られた清水寺や、鉱山の守り神、金山彦命(かなやまひこのみこと)を祀る佐毘売(さひめ)山神社も必見です。
石見の見どころは数多く、深いので、是非 自分の観光のテーマや好みにあったルートやスポットを回ってみてください。大きく分けると、銀山ルートと街並みコース、どちらも意義深く素敵です。午前中無料ガイドツアーがありますので、組み合わせてみるのも良いですね。美雨は午前中銀山コースに参加し、午後は街並みを散策しました。
温泉津(ゆのつ)という名湯コースもあります。銀を搬出し、輸出した港と、ロジスティックに使われたトレイルを観光する歴史的な街並みと美しい海岸、肌に優しくあたたかい温泉、シルクロードならぬシルバー街道、石見王国は魅力につきません。欲張って一泊2日すれば、かなりの見どころを回れるでしょう。
しかし、鉱山を守る神に、掘り当てさせる神さま(仏さま)、日本には本当に多くの神様、仏さまがいらっしゃるんですね。でも、こんな多様な日本が、美雨は大好きです。
銀って いいですね。
金には少しアレルギーがある美雨ですが、なぜか銀をつけた日はゴキゲン。
パーティーなどの大切な日は、自然と銀のアクセサリーをつけている自分。
神秘学者に言わせると、金は物質的な豊かさを表し、太陽の波動を受けているそうですが、銀は月の波動であり、癒しと精神世界の豊かさを運ぶ物質とか。
変わり者かもしれませんが、もともと、太陽よりは月が好き、金よりは銀が好きな美雨。あんがい、潜在意識のなかに、銀世界への憧憬があったのかもしれません。
さいごに、銀のくに石見と美雨を結んでくれた、夢のおつげの女神さまに、もう一度感謝を。
美雨
❤今日も全部読んでくれてありがとう❤

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美雨の札幌のゲストハウス(貸し切り民泊)です。
2件オープンしました。お値段手ごろで綺麗なお宿です^^ヨロシク♪
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銀の王国 Hiwami ~世界遺産 石見銀山~

はじめに
よく夢をみます。
夢で聞いた良い台詞や音楽はノートや五線譜に写し取っている美雨です。
昔、5年ほど夢日記をつけていたことも。
夢なんて考えてみたらどれも荒唐無稽なものばかりで、脈絡なんて無いと言われればそれまでなのだけど、
現実よりリアルなものもあって、一概に荒唐無稽と言えないと信じている私です。
不思議なものは、実際は行ったこと無い筈なのに、よく出てくる風景、また家屋など。
夢のなかでも、「あれ、また出てきた」と良く認識しているのです。
そして良く会う人。
実際は面識もちろんないのに。
最近、ぷち不思議に出会って、ある世界遺産へ導かれました。
それも、二か月ほど前に出会った女性が、夢の中にあらわれて、「美雨さん、石見にいくとよいですよ。銀のパワーをもらってください」と言うのです。
麗質で、女神というか、仙女さまのようなオーラを放つ方なのですが、ああしたインスピレーティブな雰囲気というのは、作ろうと意図してもなかなか作れるものではありません。内包するエネルギーとか波動によって、偶然的かつ必然的に生まれるものだと思うからです。
出会いって不思議ですね。
ポルトガルの宣教師が作成し16世紀後半にヨーロッパで出版された地図

Hiwami(石見国)とその上にラテン語でArgeni Fodeinae銀鉱山との記載
不思議といえば、そもそも石見銀山の遺産登録じたい、奇跡の出来事で、オーガナイズした人たちのエネルギーとか 石見の持つ不思議なバイブレーションが旬の時空に合致して、偶然的かつ必然的に生まれた奇跡のようです。
そして、自分にとっては、その地に訪れたのもまた奇跡。
その仙女のような女性が夢で”いわみ”というキーワードを教えてくれなければ、まったく興味もわかなかった地なのですから。というより、自分的には無名に近かったような・・・
同じ島根でも出雲大社は大好きで、よく訪れるのに、すれ違ってしまう地ってあるんですね。
あんなすばらしい名所なのに。
うまく言えないのですが、この磁場にうまく引かれるよう自分の極をスイッチしてもらった感じです。

石見銀山と聞いても、ピンと来ないひとのために。ぷち解説。
2007年7月に世界遺産登録するまでの歩み
石見銀山は、1526年に九州博多の豪商神屋寿禎(かみやじゅてい)によって発見されて以来、1923年の休山まで400年にわたって採掘してきた世界有数の鉱山遺構。
大航海時代の16世紀、石見銀山は日本の銀鉱山としてヨーロッパ人に唯一知られた存在でした。
16世紀半ばから17世紀はじめには、世界の産銀量の約1/3を占めた日本銀のかなりの部分が石見銀山で算出されたものだったそうです。
石見銀山で産出された銀は高品質で評価も高く、アジア諸国とヨーロッパ諸国を交易でつなぐ重要な役割を果たしていました。
2007年7月、環境に配慮し、自然と共生した鉱山運営を行っていたことが特に評価され、「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、鉱山遺跡としてはアジアで初めての世界遺産に登録されたのでした。
間歩(まぶ)と呼ばれる銀鉱石の採掘坑道。石見で2番目に大きい龍源寺間歩。(外側)

石見には、大小合わせてなんと600箇所以上の間歩が点在する。
有名な龍源寺間歩(内側)本来の長さは600mに及ぶが、観光用に157mが公開されている。

坑道に沿って20もの横穴、垂直に100m掘られた竪坑がすごい。ノミの跡がそのまま残っててリアル。
・・・と言われても、他にも多くの金山や鉱山が日本にはまだまだあるのに、ひいては世界にはもっとスケール大きな鉱山もあるのに、なぜ石見?と疑問が湧く人も少なくないでしょう、先月までの私みたいに。(笑)
ということで、決定打となった、石見銀山が持つ世界遺産としての普遍的価値をここで再確認してみたい。
石見銀山遺跡が世界遺産登録にの決めてとなった価値とは
1.世界的に重要な経済、文化交流を生み出した
16世紀、石見銀山では東アジアの伝統的な精錬技術である灰吹法(はいふきほう)を取り入れ、良質な銀を大量に生産した。日本史上まれな銀生産の隆盛により、大量の銀が貿易を通じ、16世紀から17世紀の東アジアへ流通したことで、東西の異なる経済・文化交流が行われた。
2.伝統技術による銀生産方式を豊富で良好に残す
江戸時代の石見銀山では、従来の伝統技術による銀生産が続けられた。明治維新を迎えた19世紀後半以降、ヨーロッパの産業革命で発展を遂げた新技術が導入されたにも拘わらず、銀鉱石が枯渇したために鉱山活動が停止し、その結果、今日、石見銀山遺跡には鉱山開発の伝統技術による銀生産の跡が良好に残されている。
3.銀の生産から搬出に至る全体像を不足なく明確に示している
石見銀山遺跡は、銀の採掘から精錬、搬出に至る鉱山運営の全体像を明確に示している。また、銀山に関係する遺跡と豊かな自然環境が一体となって文化的景観を形成する例は、世界的に極めて貴重である。
なるほど、遺構だけではダメなんですね。
遺跡と文化、人と自然の共生・・・これが世界遺産としての真価なのでしょう。


表 & 裏
ちっちゃいですが本物の銀に、石見の各名所のパワーを封じ込め、おまもりに。
伝説のジパング地下王国内で げん担ぎ?銀かつぎ
16世紀、大航海時代、ソーマ(SOMA)銀と呼ばれ、世界の銀市場を沸かせた石見銀山:銀鉱山王国。
ポルトガルの国家重要機密文書でもあった世界地図には、R・AS MINAS DA PLATAと記されています。
世界の銀の1/3をも産出した石見銀山はゴールドラッシュならぬシルバーラッシュに沸き、隆盛期の江戸初期にはなんと20万人もの人々が住んでいたという。当時、江戸にも人口100万人、大阪には28万だったというから、とてつもなく巨大な鉱山都市であったことが窺えるというもの。
100年近くひっそりとお休みしていた石見銀山が、世界遺産の登録という形で華々しく歴史の舞台に再浮上するのも、また必然であったかもしれません。
そんな石見銀鉱山王国で、いま観光客に流行っている、ぷち・ゲン担ぎというか、銀かつぎがあるらしい。
ただ観光名所をまわるのでなく、お気に入りの銀を持って、各名所を巡りながら、そのパワーを吸収して持ち帰る、という可愛いおまじないみたいなものなのだけど、楽しそうなので美雨も相方と乗ってみました。
好きな名勝を回ったあと、銀の裏に巴の渦巻き文様を、パワーを封印する意味で、特殊ノミでトントンします。銀も1000円から買えるし、ノミも貸してくれます。なんか、おもしろかったかも♪
「月の雫」という名で、売っています。名前が奇麗でしょう?(※飲み屋さんではありません。笑)
文様を自分で入れたプチ・銀は、おまもりやストラップ用に、加工してもらえます。
銀鉱山王国Hiwami(いわみ)と記載されている

ポルトガル王国所蔵だった大航海時代の日本地図
赤いポストがレトロな街にぴったり

店先や軒下に飾られたさりげない草花がどれも素敵
魅力あふれる城跡と城下町のたたずまい、信仰と人々の暮らし
銀鉱山だけが石見の魅力にあらず。
山から見下ろす石見の街並みや寺社仏閣は本当にきれい。作られた煌びやかさでなく、自然と調和したその素朴ななたたずまいが何より美しいと、訪れる人は皆感じとるに違いない。
目をつむって、深呼吸して、五感と魂で感じてほしい、天と地と、もひとつ、地底のちから。
天から降る光のシャワーと、足の底から元気が湧きたつような地のちから、共にいただけるような、他の名所に無い不思議な感覚を感じるかもしれません。
そこで、美雨が回ったとっておき素敵スポットを急ぎ足ですが紹介。
とりわけ”気”がよかったところをいくつか。パワスポ好きな方にもおすすめの場所です。
<羅漢寺>
羅漢寺の石窟には500体もの羅漢像が。泣いたり笑ったり、まるで生きてるみたいに喜怒哀楽の表情の羅漢たちには、必ずや自分や家族の顔そっくりな像がいるという。像の寄進者には大奥の女性もいたそう。

名水100選に選ばれ、山吹城を支配した各代武将にも運ばれていた羅漢寺の清水と、道路向かい側の拝殿(セットです)の銭洗い弁天、秘仏の大元帥明王、あまりにヴィヴィッドで感動。(公開中でした♪)
道路対岸の羅漢さまたちが安置されたそれぞれのお堂、巨大な岩をくりぬいて作られています

右)一部ですが、羅漢さんたち。 ひそひそ話が聞こえてきそうな表情
観世音寺
赤い仁王門がひときわ目立つ、岩に立つお寺。最高の眺望。
大森代官所の代官が石見銀山の隆盛を祈願する祈願所でした。
斜面も景観もどこか独特 仁王のいる観世音寺

岩山のうえの仁王様、ヨンムンみたいでチョワ❤。

観世音寺から街並みを臨む 絶景紅葉
城上神社
祭神は、大物主命(おおものぬしのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)。
15世紀、大内氏によって大森町愛宕山に遷座され、16世紀に毛利(もうり)氏によって現在位置に遷座、造営された。

美しすぎる境内の紅葉
拝殿の鏡天井に描かれた極彩色の天井絵「鳴き竜」は、三瓶山麓の絵師梶谷円林斉守休(かじたにえんりんさいもりやす)の手によるもの。絵の真下に立って手をたたくと、天井がリンリンと鳴り響きます。もともと鳴き竜は、日光東照宮の薬師堂の天上に描かれた絵のことだが、石見にもこんな素晴らしい鳴き竜を拝めるのは嬉しい。

美雨も叩いてみました♪ 真下にいる人以外には聞こえないので、秘密の❤お願いをしてもイイかも?
咄々(とつとつ)庵 旧渡辺家
国指定史跡の武家住宅、渡辺家。世界遺産登録の際、子孫の方々に寄贈されたそう。江戸時代の武家屋敷の生活空間を楽しみながら、いまはフランス懐石料理を楽しむ料亭に。
人気のランチは3か月前から予約がいっぱいで、入れませんでした。(涙)神社仏閣というわけではないのに、不思議なオーラを感じる場所でした。一昔前までは、この正面から入れるのはお殿様とご主人だけだったとか・・・
内部や庭、借景がとっても素敵。お食事がダメでも、記念写真だけでも撮らせてもらえたらラッキーフォトになるかも?

銀山に向かってあるくツアーの途中、咄々(とつとつ)庵でガイドさんから説明を

ガイドさんのジャンパーもシルバーに輝いて・・・@@!?不思議なオーラを感じる屋敷
勝源寺
手つかずのお寺だけど、縁起のよさそうな名と紅葉がいい。

隠れキリシタン地蔵なる珍しいお地蔵さんがいるらしい。
製錬石 清水谷精錬所跡
この石、これだけ穿たれるのに、どれほどの銀が精錬されたのだろう・・・

なにも語らぬ石が、これだけ雄弁にロマンをかきたててくれます。どこか不思議を感じたのでパチリ。
石見銀山発見の決め手!ヘビノネゴザ
何、このショボいシダ!?
とおもうなかれ。なんと、この枯れかけたしょぼいシダが、石見が銀の卵だと教え、山陰をドル箱にしてくれた、ありがたい植物なのだ。金、銀、またレアメタル等のうずもれている鉱脈を探す山師たちは、このヘビノネゴザの生えたところに鉱脈があると知っていたのだ。決して霊感だけが頼りだったわけではない。

石見銀山では龍源寺間歩(まぶ)入口付近でヘビノネゴザが見られる。実際、この間歩で莫大な銀鉱石が採掘されている。普通、シダは冬になっても枯れないが、龍源寺間歩入口のヘビノネゴザは冬になると枯れる。
その昔、山師は冬になると、「枯れたシダを探せ」と冬山を歩いたとも言われている。
皆様のお宅の庭や近所の山に、ヘビノネゴザは生育していませんか。美雨がお伺いします♪
石見猫
いみありげな猫たち。銀に光るにゃんこも。
石見は猫王国とも聞いていたけど、本当にネコが多い。それも、どこか人面猫っぽい、ユニークな面差しのネコばかり。
「吾輩は唯猫でにゃい。銀山ネコである」と言わんばかりに威風堂々。
車をじょうずによけて歩くノラちゃんたち。帰りのバス停で見送ってくれるかの様に集まってきました。
不思議ニャ!

街道を歩くと、一度はどこかでひとなつっこい猫たちに会える石見。招き猫の国。
結びに
上にご紹介したのはごくごく一部で、決して代表的な名勝ばかり、という訳ではありません。
載せていないけど、山師たちに霊感を授けた不思議な伝説に彩られた清水寺や、鉱山の守り神、金山彦命(かなやまひこのみこと)を祀る佐毘売(さひめ)山神社も必見です。
石見の見どころは数多く、深いので、是非 自分の観光のテーマや好みにあったルートやスポットを回ってみてください。大きく分けると、銀山ルートと街並みコース、どちらも意義深く素敵です。午前中無料ガイドツアーがありますので、組み合わせてみるのも良いですね。美雨は午前中銀山コースに参加し、午後は街並みを散策しました。
温泉津(ゆのつ)という名湯コースもあります。銀を搬出し、輸出した港と、ロジスティックに使われたトレイルを観光する歴史的な街並みと美しい海岸、肌に優しくあたたかい温泉、シルクロードならぬシルバー街道、石見王国は魅力につきません。欲張って一泊2日すれば、かなりの見どころを回れるでしょう。
しかし、鉱山を守る神に、掘り当てさせる神さま(仏さま)、日本には本当に多くの神様、仏さまがいらっしゃるんですね。でも、こんな多様な日本が、美雨は大好きです。
銀って いいですね。
金には少しアレルギーがある美雨ですが、なぜか銀をつけた日はゴキゲン。
パーティーなどの大切な日は、自然と銀のアクセサリーをつけている自分。
神秘学者に言わせると、金は物質的な豊かさを表し、太陽の波動を受けているそうですが、銀は月の波動であり、癒しと精神世界の豊かさを運ぶ物質とか。
変わり者かもしれませんが、もともと、太陽よりは月が好き、金よりは銀が好きな美雨。あんがい、潜在意識のなかに、銀世界への憧憬があったのかもしれません。
さいごに、銀のくに石見と美雨を結んでくれた、夢のおつげの女神さまに、もう一度感謝を。
美雨
❤今日も全部読んでくれてありがとう❤

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竜宮小僧の旅案内

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2019.10/19 [Sat]
ゾロアスターの夢のあと 古きをたずねて新しきを知る都市ヤズド
ゾロアスターの夢のあと
~古きをたずねて新しきを知る都市ヤズド~

1550年間たゆまずともされてきた拝火教寺院の灯
幼い頃に夢を見た。
おどろおどろしい頭巾を被った男たちが、松明の炎をかざして火を崇めている姿で、地獄の閻魔大王の法廷に連れ出されたかのような怖ろしい夢だった。
「拝火教(ゾロアスター)」という言葉を知ったのは、ずっと後のことだが、その夢の光景は、実際には見たこともないが、ゾロアスター教の儀式のイメージのように思われた。だからこの地域は、子供の時からなんとなく気にはなっていた。
現在のイランがイスラム化されたのは、ササン朝ペルシャが、642年のネハーヴァンドの戦いで、第3代カリフのウマルが率いるイスラム軍に敗北したのがきっかけであるが、ヤズドには今でも、ゾロアスター教徒が住んでいるという。

ヤズドの街中にある「アータシュキャデ」は、ゾロアスター教徒以外の異教徒にも見学を許された貴重な寺院
ケルマーンからのバスは、日が傾く頃に着いた。
途中で出会ったアメリカ人バックパッカーお薦めの、ゆったりとした中庭のある伝統建築の「ホテル・シルクロード」に泊まった。
すぐ近くには、15世紀建立の寺院で、ブルーのモザイク・タイルが鮮やかなマスジェデ・ジャーメが立っている。
夕暮れ時はメナーレ(塔)とドームの幻想的な風景を、しばし陶然と眺めていた。

沈黙の塔へ続く階段
ヤズドは、さほど期待していなかったが、実に奥が深くて、味わいのある街だった。
魅力的な旧市街の迷路のような路地。まだ観光ズレしていない、人なつっこくシャイな表情の人々。
旧市街の地面深く、山地からの伏流水を地下水路に流して汲み上げる「ガナート」がめぐらされている。全長60km、起源は2400年前まで遡るのだから驚く。
高校世界史や地理Bで学ぶ「カナート水道」を初めて目の当たりにする感動…今も忘れる事が出来ない。
というか、昔ここに住んでいてこの水道で戯れたかのようになつかしさを覚えるのは何故だろう。


そしてもうひとつの世界史用語、「バードギール」は煙突のような独特の形をもつ風採塔で、
「ヤフチャール」はドーム型の厚い土壁で守られた氷室のこと。
イランには紀元前からこのヤフチャール(ヤフが氷、チャールが窪みの意味)と呼ばれる氷室があり、冬に出来た氷を夏まで保存する貯蔵庫として使ってきたが、現代でもまだ使われているという、息の長い三種の神器である。
本当に、砂漠の民の知恵には感心するばかりである。
現代風にいえば、水道、エアコン、冷蔵庫が完備された都市といってもいい。しかも電力や動力を使わないシステムときているので、エコロジー時代に注目されて然るべきである。
典型的なバードギール


とりわけ、ヤズドの素晴らしい点は、古い家屋の保存修復事業が盛んで、30年前に伝統文化保存センターが設立されている。
そこで若い世代の後継者の養成と観光化を促進している様子だった。
偶然に通りがかった古い邸宅では、改装して立派なホテルにするのだと、職人たちが意気込んで仕事に励んでいた。
しかし、イスラム色を強烈に押し出して、未だ国際的に孤立している現状では、観光分野の発展はまだ期待できないだろう。
イランには数多くの珠玉の都市があるにも関わらず、一般には閉ざされている国という印象を与えていることは残念だと感じた。
古代から現代まで使われてきたバードギールを駆使したヤズドの集合住宅

まるでペルシャ時代にタイムスリップしたみたいな街
火の信仰があれば水の芸術的インフラがあり、火・水はカミ、と教える神道の日本とも大いに共通点があるヤズド。
とりわけイスラムに侵略される前の時代、まだゾロアスターの神が生きていたササン朝ペルシャに接点を見ることが出来るのは驚きであった。
灼熱の砂漠地帯の広がるイメージのイラン、実際その緯度、日本とほぼ同じ、日本と同じように四季があり、首都テヘランのある北部から北西部にかけては緑豊かな土地で、4000~5000メートル級の緑豊かな山がある。もちろん冬季は降雪があり、5月までスキーも楽しめる。古来より火鉢に炭で暖をとる掘りごたつがあり(今は電気ごたつだそう)、夏はかき氷を食べるヤズドの人々は、どこか日本人のようだ。
そんなふうに思っていた矢先、ヤズドに残るカナートが、「ペルシア式カナート」の一部として、2016年に世界遺産リストに登録された。
続く2017年には都市の歴史地区そのものが、世界遺産リストに登録されたときは、我が国のことのように嬉しかった。
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~古きをたずねて新しきを知る都市ヤズド~

1550年間たゆまずともされてきた拝火教寺院の灯
幼い頃に夢を見た。
おどろおどろしい頭巾を被った男たちが、松明の炎をかざして火を崇めている姿で、地獄の閻魔大王の法廷に連れ出されたかのような怖ろしい夢だった。
「拝火教(ゾロアスター)」という言葉を知ったのは、ずっと後のことだが、その夢の光景は、実際には見たこともないが、ゾロアスター教の儀式のイメージのように思われた。だからこの地域は、子供の時からなんとなく気にはなっていた。
現在のイランがイスラム化されたのは、ササン朝ペルシャが、642年のネハーヴァンドの戦いで、第3代カリフのウマルが率いるイスラム軍に敗北したのがきっかけであるが、ヤズドには今でも、ゾロアスター教徒が住んでいるという。

ヤズドの街中にある「アータシュキャデ」は、ゾロアスター教徒以外の異教徒にも見学を許された貴重な寺院
ケルマーンからのバスは、日が傾く頃に着いた。
途中で出会ったアメリカ人バックパッカーお薦めの、ゆったりとした中庭のある伝統建築の「ホテル・シルクロード」に泊まった。
すぐ近くには、15世紀建立の寺院で、ブルーのモザイク・タイルが鮮やかなマスジェデ・ジャーメが立っている。
夕暮れ時はメナーレ(塔)とドームの幻想的な風景を、しばし陶然と眺めていた。

沈黙の塔へ続く階段
ヤズドは、さほど期待していなかったが、実に奥が深くて、味わいのある街だった。
魅力的な旧市街の迷路のような路地。まだ観光ズレしていない、人なつっこくシャイな表情の人々。
旧市街の地面深く、山地からの伏流水を地下水路に流して汲み上げる「ガナート」がめぐらされている。全長60km、起源は2400年前まで遡るのだから驚く。
高校世界史や地理Bで学ぶ「カナート水道」を初めて目の当たりにする感動…今も忘れる事が出来ない。
というか、昔ここに住んでいてこの水道で戯れたかのようになつかしさを覚えるのは何故だろう。


そしてもうひとつの世界史用語、「バードギール」は煙突のような独特の形をもつ風採塔で、
「ヤフチャール」はドーム型の厚い土壁で守られた氷室のこと。
イランには紀元前からこのヤフチャール(ヤフが氷、チャールが窪みの意味)と呼ばれる氷室があり、冬に出来た氷を夏まで保存する貯蔵庫として使ってきたが、現代でもまだ使われているという、息の長い三種の神器である。
本当に、砂漠の民の知恵には感心するばかりである。
現代風にいえば、水道、エアコン、冷蔵庫が完備された都市といってもいい。しかも電力や動力を使わないシステムときているので、エコロジー時代に注目されて然るべきである。
典型的なバードギール


とりわけ、ヤズドの素晴らしい点は、古い家屋の保存修復事業が盛んで、30年前に伝統文化保存センターが設立されている。
そこで若い世代の後継者の養成と観光化を促進している様子だった。
偶然に通りがかった古い邸宅では、改装して立派なホテルにするのだと、職人たちが意気込んで仕事に励んでいた。
しかし、イスラム色を強烈に押し出して、未だ国際的に孤立している現状では、観光分野の発展はまだ期待できないだろう。
イランには数多くの珠玉の都市があるにも関わらず、一般には閉ざされている国という印象を与えていることは残念だと感じた。
古代から現代まで使われてきたバードギールを駆使したヤズドの集合住宅

まるでペルシャ時代にタイムスリップしたみたいな街
火の信仰があれば水の芸術的インフラがあり、火・水はカミ、と教える神道の日本とも大いに共通点があるヤズド。
とりわけイスラムに侵略される前の時代、まだゾロアスターの神が生きていたササン朝ペルシャに接点を見ることが出来るのは驚きであった。
灼熱の砂漠地帯の広がるイメージのイラン、実際その緯度、日本とほぼ同じ、日本と同じように四季があり、首都テヘランのある北部から北西部にかけては緑豊かな土地で、4000~5000メートル級の緑豊かな山がある。もちろん冬季は降雪があり、5月までスキーも楽しめる。古来より火鉢に炭で暖をとる掘りごたつがあり(今は電気ごたつだそう)、夏はかき氷を食べるヤズドの人々は、どこか日本人のようだ。
そんなふうに思っていた矢先、ヤズドに残るカナートが、「ペルシア式カナート」の一部として、2016年に世界遺産リストに登録された。
続く2017年には都市の歴史地区そのものが、世界遺産リストに登録されたときは、我が国のことのように嬉しかった。
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