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美雨の部屋へようこそ

ちょっとだけスピリチュアルな世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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世界の霊柩車・考

世界の霊柩車・考

                                (スペインの霊柩車)
スペインの霊きゅう車
まるでフェスタかカーニバルのお神輿みたいですね綺麗!



最近、日本では、金箔を施した豪華な宮型霊柩車が嫌われて、住民の反対運動を伴って、火葬場から締め出しをくっているというコラムをネット記事で読んだ。

縁起でもない・・と敬遠する勿れ。生きとし生ける者の最後に訪れる死。
どんなに死を忌み嫌っても、誰もが最後は受け入れざるを得ない。

急激な都市化と近代化が進む中で、「死」を日常の風景から排除して封じ込めようとする発想も、現代人の目立った行動形態であるように思われる。人生最後の門出を、病院と葬儀屋まかせにして、ビジネス&システム化する傾向は、今後ますます顕著になるだろう。




日本の霊きゅう車



ちなみに画像は、父が亡くなった時の葬儀の際のものだが、やはり家族の総意で宮型を選んだ。助手席に乗れるのは喪主だけだそうである。
個人的には、簡素で味気ないガラス張りのワゴン車よりも、あたかも走る神殿のごとき、この独特のフォルムが好きである。
世界広しといえども、一般庶民がこれだけ豪奢な葬送車を使える国は、おそらく日本だけではなかろうか。

もしもこれをトップ画像の霊柩車のスペイン等で走らせたら、きっと万人の注目を集めて、「ケ・ボニート!ボクも乗ってみたい!」という人があらわわれるかもしれない。さらに日本から輸入して、スペイン流に換骨奪胎。車体がイエス&マリア&聖人像などで豪華絢爛に装飾されたネオ・バロック様式カトリック宮型霊柩車が登場するかも・・などと想像するとワクワクする。(まさか?笑)
 広義に解釈するならば、その国の文化や芸術には「死生観」が密接に関連していると、私はかねがね思っている。これまで様々な国を旅したが、観光名所に加えて、機会があれば、その土地の文豪や芸術家の墓地も訪ねることにしており、しばしば深い感動を覚えることもある。

死を意図的に遠ざけて隠し、封印してしまうことは、人間の感情世界が貧しく底の浅いものになってしまい、ひいては文化の軽薄化にも繋がりかねない・・という気がするが、いかがなものだろうか。

余談だが、テレビ業界においては、番組撮影のためにロケ先に向かう途中で霊柩車を見ると、厄払いになって縁起がよいとされているそうだ。



アルゼンチンの霊きゅう車
アルゼンチンの霊柩車  まるで神父さんの帽子と衣装のようなデザインが印象的



Death is the part of life,
本題に戻るが、文字通り 死も人生の一部である。
しかしながら、今生の人生だけがこの世のすべてなのだと解釈し 死を忌み遠ざける人たちは多い。
いま、日本は世界で一、二を争う高齢化社会になっている。
そのわりに精神年齢は低く、実はいつも死と隣り合わせでありながら、死後も自分ですべてが選択できるような錯覚を覚えている老人も少なくないという。
そのため、霊柩車を見るとひとごとのように、あんなセンスのないケバケバした車は、あたしゃ(や亡くなった友人に)相応しくない、極論になると日本の恥、のように言う人も多くなった。
「生きてるときは誰もかえりみてあげなかったのに、死んであんな華美で贅沢な車に乗せてあげたって、死者は喜ばない」と皮肉を込めて。
それはその人のスタンスにも拠るのだろうが、きっとその死を自分に重ねて、身分相応でない恥ずかしいものに乗せられて笑われたくない、という自己嫌悪や一抹のプライドがあるのかもしれない。
昭和に育った自分の時代は、親や家族の死は遺族にまかせる、という信頼の気風があったと思う。けれど、こんな核家族時代、個人主義の時代に突入し、親類、隣人はおろか家族とも絆を結べない殺伐としたこの時代、死は遺族でなく自分で弔い方を選択したい、と思うジェネレーションが増えているのも事実のようである。

勿論、これ以後も、家族の死に立ち会ったら、私はこの宮型の霊柩車を選ぶつもりである。
たとえどんなに故人が勿体ながり、もしくは卑下していたりしても、
死者への礼節というか、死の尊厳は守られるべきと思うからだ。

そして、自分のときは 遺族にまかせようと思っている。



ベニスの霊柩車
ベニスの霊きゅう車
ちなみに、救急車もパトカーも舟


しかし、「日本の霊柩車はセンスがない、日本の恥」など、昨今そんな声もあるとは驚いた。
少しばかり、仕事で多くの国を回ってきた自分は、全く逆だと思っている。諸外国にも自慢できる日本の伝統建築装飾であり、優れた葬祭文化の一つであると。
指摘される通り、たとえその人物の生前の身分や人格はどうであれ、死者に対する礼節と尊厳の心が表現された見事なクルマではないだろうか。そして、これを制作した仏具職人が精魂込めて彫っている姿も想い浮かんではこないだろうか。

最後に、日本の霊柩車の歴史的な変遷を紐解いていくみると、宮型車の原型は1920年代、大正ロマンの頃に登場したとある。
大隈重信公の葬儀において初めて装飾を施した自動車が使われたそうである。
当時クラッシックカーは上流特権階級のものであり、一般庶民には別世界の乗り物だろう。そういう意味でも、この宮型の普及は戦後民主化の賜物と云えそうだ。
上には上があるもので、高級外車をベースとしたもの、同じ宮型でも、関東、中部、関西では微妙に材質や形態が違うことも初めて知った。屋根に黄金の龍が載っているのは、これはちょっと過剰気味じゃないかとも感じることはあるが・・・。



中国の霊柩車   意外と地味?パンダがフロントに飾ってあったりして・・・
中国の霊柩車
 ・・・ていうか次の日は違う用途で使われてそうですねこの車(;'∀')

イギリスの霊柩車 カトリックと違って虚飾を好まないプロテスタントらしい簡素さが。
イギリスの霊きゅう車




いかんせん、死んだ後で孝行しようとしても手遅れ、葬いを華美にするよりも、生前に親を大切にすることの方が遥かに大切という意見は、確かに的を得ていると思う。
どうやら、自らの墓穴を掘ってしまったようでもありますね。(苦笑)


美雨


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ツヴァイク作 「マリー・アントワネット」下巻

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ツヴァイク「マリーアントワネット」 下巻

マリー・アントワネット 下巻


1881年、この本の著者ツヴァイクはウィーンの裕福なユダヤ人の家庭に生まれた。早熟かつ学識豊かで、語学の才溢れ、各国を旅して見聞を広め、一流の知識人たちと親交を持った。清澄なる谷間、ザルツブルクに住むが、ナチス・ドイツのオ-ストリア併合による迫害を逃れ、イギリス、アメリカを経てブラジルに亡命する。

その後、ヒトラーと手を結んだ枢軸国日本が、アジアにおけるヨーロッパの拠点を次々と攻略する情勢に衝撃を受ける。真珠湾攻撃、そして山下奉文を司令官とする帝国陸軍のマレー半島侵攻とシンガポール陥落。
そこにヨーロッパ文明の黄昏を見て、1942年、妻と共に毒を仰いで自害したとされる。享年61才。


13歳のマリー  
13歳のマリー      マリーにはやはり薔薇がよく似合う
彼女にはやっぱり薔薇がよく似合う

死の牢獄コンシェルジュリー マリーの最期の住まいとなった
パリ


しかし、戦後半世紀余りが経った今、かつてのアジアにおける悪逆非道の侵略者(と彼らには映ったであろう)日本人の子孫が、ツヴァイクの著書に触れて、その慧眼とヒューマニズムに感動した、という読者がいることを知ったならば、どんな想いを抱くであろうか。

21世紀、ヨーロッパ文明至上主義の神話は崩れつつあり、ようやく世界の諸民族の文化の独自性と価値が評価される時代を迎えた。
西欧人の傲慢極まりない白人至上主義。彼等が長い間蔑んできた有色人種を含めてグローバルな人文主義を打ち立てるべき時代。まさに今世紀はその潮流の渦中にある。それは未来の避け難い流れとなっていくだろう。
ツヴァイクのみならず、数千年に及ぶ西欧文明が生み出してきた金字塔たる名著の数々が、民族・階級を問わず、あらゆる原語に訳されて世界の人々の教養の土台となることを、彼もきっと望んでいるに違いない。


牢獄のアントワネット
150px-Marie_Antoinette_Adult11.jpg

断頭台へ向かうアントワネット
マリーの最期



以下、本(下巻)の印象的なフレーズを抜粋してみました。

◆パリは陰惨な食糧難の最中ということも構わず、ワインやたっぷりのご馳走が振舞われた。忠誠心も、愛と同じで、胃袋に左右されるということがよくある。

◆マリー・アントワネットが初めて考え、それも深く真剣に考えるのは、考えなければならなくなったからだ。働くのは、働かざるを得ないからだ。高みへ上がるのは、強大な力で惨めに押しつぶされないよう、運命が偉大になれと求めるからだ。

◆今や憤怒と不安は陽気な凱旋の中で解消される。革命の歌に轟々と打ち寄せられ、プロレタリア軍に押し上げられ、君主制の難破船は座礁していた大岩を離れていく。

◆自分の品位を落すような行き過ぎには、決して同意いたしません。不幸にあって初めて人は、自分が何者かを痛切に感じるのでしょう。

◆心の奥で、彼女はすでに悟っていた。破滅がもはや避けられないなら、心構えし、頭を真っ直ぐに上げて、せめて最後の義務は全うしよう。こんな風にわずかずつゆっくり底まで転落してゆくより、すばやい英雄的な死を、無意識のうちに憧れていたのかもしれない。

◆指導者たちは、ルイ16世の政治的な死を、さらに肉体へも敷衍させない限り、逆転の恐れはなくならないと信じ込む。共和国の建物に耐久性を持たせるには、王の血でモルタル塗りをするしかないと、過激な共和主義者たちは主張する。

◆どれほど純粋な理想であろうとも、いったん矮小な人間に委ねられれば、それはたちまち下劣で卑小なものへと変じ、その理想の名の下に非人間的なことが行なわれるのだ。

◆極限の孤独の中で、彼女が彼を想っていたように、同じ瞬間、彼も彼女を想っていた。幾マイルも離れ、幾重の壁に遮られ、見ることもできず手も届かないのに、それでもふたつの魂は同じとき、同じ願いを抱いていた。空間を超え、時を超え、彼の想いと彼女の想いは、天空に翼をはばたかせ、口づけをする唇と唇のように触れ合うのだった。

◆この人生でなすべきことは、もう多くない。あとひとつ残っているだけ。死ぬこと、それも見事に死ぬことだけ。



断頭台の上に立つ王妃マリー
断頭台の上に立つ王妃マリー
最後まで取り乱すことなく、毅然と目をみひらいていたという


この著作によって、ツヴァイクは、云われなき中傷の泥沼に突き落とされて忘却の淵に沈みゆくマリー・アントワネットの名誉の復権を成し遂げた。
そして、故意に隠蔽されてしまった、最後の騎士道に殉じたフェルゼン伯爵の愛を、崇高なまでに高めた。

ツヴァイクはあたかも第二のフェルゼンとなってペンを執り、マリー・アントワネットの最後の審判のための忠実な弁護人として、地上からの公正な調書をしたためた。

そのことによって、この世界に「高貴なる意思は最終的に勝利を収める」という希望を与えてくれた。
これがこの書物への所見である。




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ツヴァイク作 「マリー・アントワネット」上巻

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紅茶の記事の影響か、マリー・アントワネット紅茶で検索して来られる方が多かったので、揚げてみます^^


ツヴァイク マリー・アントワネット 上巻

ツヴァイク アントワネット


角川文庫の新訳、上下巻を読んだ。
なかなか良かった。

もう一度、映画を見たくなりました。

映画の場面は主に上巻がメインで、娯楽映画ゆえに、歴史や政治に関する描写は意図的に避けられ、豪華絢爛、ファッション、グルメに主眼が置かれ ラストは夢の終焉とシリアスな革命の始まりを暗示して幕でした。
実は、真の醍醐味は下巻にあるので、是非お薦めしたい本です。
お薦めの順序としては、映画が先、本が後、がよろしいかと思われます。
本が先だと、映画のあまりの軽さに憤死する恐れが・・・(笑)

書籍では、ツヴァイクならではの、機知に富んだ鋭い警句、無駄のない緊張感に満ちた表現がちりばめられており、さすが名著の誉れ高い理由が頷けます。



可愛い少女の時代から38歳で断頭台の露と消えるまで沢山の肖像画を残している
少女の時代から



じっさい、ツヴァイクのマリー・アントワネットは幾多の作家や俳優達を啓発している。
池田理代子さんはこのツヴァイクのマリーを読んでベルサイユのばらを描く構想をわきたたせたといいます。
しかも、「ばかな女のなかでも最も愚かな女、でも気になって仕方ない可愛くて仕方ない女の話を描きたかった、と言っています。

振り返れば少女のうちは、英雄的でカッコいいオスカルやアンドレにばかり目がいっていましたが、おとなになってはじめてわかる、アントワネットの心の行き場のなさ、寂しさ、愛を求めてやまないこころ。
昔読んだときはあんなに彼女はだらしなく汚ならしいと思っていたのが嘘のように、彼女が哀れに思えてなりませんでした。ハプスブルグ家に生まれた女性としての運命の悲しさ、氷のような宮殿の凍て付くような孤独。

ベルサイユのばらにも登場した下のプチ・トリアノン宮の写真は、彼女が奏でたであろうハープの間。
ハープとクラブサンの空虚な調べのなか、ただただときがすぎゆくのを彼女はうつろにながめていたのではないでしょうか。
ロココの愛らしく優美な装飾に輝く館。しかし、観光客が去ると、陰気な沈黙が支配する、主のいない空虚な部屋。音楽は絶えて、もうニ度と笑いさざめく風景が甦ることはないでしょう。あまりにも寂しい栄華の抜け殻...プチ・トリアノン。



※写真はプチ・トリアノン宮の一室
プチトリアノン 個室


いまの皇室(王室)に嫁いだ妃たちのように堂々と心の病を訴えることすらできず、彼女が彼女としてなんとか生きて行くために残された道は、なにかに溺れるか、唯一愛し、愛されることだったのではないかと思います。彼女が最も人間らしく生きるために、ギリギリの精神状態を保つために・・・。

でも、この時代に死ねた人間はまだしあわせであった気がします。このあと吹き荒れる革命と血の粛清、ナポレオンの台頭から失脚、王政復古の時代までの長い冬の嵐のような混迷の時代を生き抜くことは、王族、大貴族にとってはこと更に厳しい時代であったと思われます。王の従妹や兄弟にあたるオルレアン公、プロバンス伯のような由緒ある貴族の足跡を辿れば、狡猾な彼らでも相当危ない綱渡りをして生き延びているのがわかります。

著者ツヴァイクは、王弟オルレアン公とプロバンス伯に対しては、かなり手厳しく断罪しています。おそらく、作者ツヴァイクと同世代のオーストリア・ナチス政権の中で、世渡りに通じ変節しながら生き延びる人間たちの像が重なっているのかなと思いました。



映画より カルタ賭博に興じるようになるアントワネット
映画より カルタ賭博に興じるようになるアントワネット




同じくフランス革命を背景にした題材として、逆に、英雄として 詩人として断頭台の露と散ったアンドレア・シェニエは時代の華だったなあ、と思います。

ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」オペラのほうが有名ですが、ドラマチックな作品です。
恋人マッダレーナが女死刑囚の身代わりとなって、自ら愛する詩人と共に処刑されていくラストシーンには泣かされます。

さらにフランス革命の恐怖政治の時代を背景としたオペラには、プーランクの「カルメル会の修道女の対話」がありました。
修道院も旧体制の象徴とされたがゆえ、最も厳格な戒律で知られ、革命に対する非宣誓派と睨まれて ギロチンに散った16人の殉教尼僧たちの物語。
一度観る機会があり、静かな感動の余韻が残った珠玉の作品でした。


Franco CORELLI. Come un bel dì di maggio. Andrea Chenier

シェニエのアリア「五月の晴れた日のように」 円熟期のコレッリの艶やかな声に萌えますね


以下、本(上巻)の印象的なフレーズを抜粋してみました。

◆ルイ16世は20年間、誇りも喜びも威厳もないまま、無造作に王冠をかぶり続けていた。

◆マリー・アントワネットの王妃としての20年間は、自己の周りを回る動きでしかなく、内にも外にも、人間的にも政治的にも、完全な空虚のままだった。

◆彼女の「活発なる倦怠」は金の独楽のごとくクルクル廻る。あらゆる悪魔のうちで最も愚かしい悪魔 ー快楽の悪魔ー が閉じ込めたこのペンタグラムから、外へ出たいと願ったことはなかった。

◆18世紀のモラルとは、感覚のままに生き、考えないこと。

◆外交官というものは、簡単な問題をこじらせ、重要な問題を先送りすることに誇りをもってこそ、一人前と言える。

◆オルレアン公、非創造的な性格にありがちな弱点を抱えていた。つまり体裁を気にする虚栄心だ。 プロヴァンス伯、後のルイ18世。沈黙の黒いモグラである彼は、地下にいくつも穴を掘り、兄の地位が足元から崩れるのを待っていた。

◆マリー・アントワネットは認識の木の実の苦さを味わい、夢を浮遊していたような自信をすでに失っている。

◆ただひとり愛し、ただひとり愛されたこの恋人フェルゼンは、自ら決然と、マリーアントワネットに寄り添い、それによって歴史の中へ躍り出たのである。


下巻の感想はまたいずれ。



叙情詩・恋愛詩の女神エラトーに扮したマリー(1788年)
女神エラトーに扮したアントワネット1
最後まで読んでくれてメルシィ♪


☆関西より戻りました。留守中はブロ友の皆様に何かとお世話になりありがとうございました<(_ _)>^^


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シルクロードの八宝茶

シルクロードの八宝茶


一つ前の「紅茶deナイト」が好評だったので、そのルーツである中国茶と八宝茶の記事をあげてみます^^
八宝茶



最近では、日本でも市販されて飲める場所もあり、有名になっているようだ。

初めてお茶を飲んだのは、10年以上前、山水画の風景で知られる桂林から陽朔まで漓江の川下りを楽しんだ、ツアー初日の中国の入口、広州だった。
さすがは海のシルクロードの名だたる町、露店が所狭しと並んでいるマーケットには、パラエティに富んだ食べ物、炒め物や鍋、飲み物やデザート類が、目も舌も共に楽しませてくれる。
屋台をハシゴすれば、何回転でも、B級&C級フルコースグルメが楽しめる。



広州から桂林までは、かわいい中国南方航空という国内便でひとっとび
漓江川下り
今は飛行機よりも、広州から桂林まで3時間の高速鉄道2014年12月に開通し、「陽朔週末」というモデルプランが人気とか



お腹一杯食べた後は、お茶にすることにした。八宝茶はそれなりに高級な茶らしく、中国では安いながらも、屋台食堂の一品料理に近いくらいの値段だった。
沸騰した湯を注ぎ、蓋をして数分待つ、というあたりは、まるでカップめんである。
蓋をあけると、湯気がほんのりと香辛料のような香りを放っている。
一口飲むが、期待したほど美味しいものではない。薬草臭がして苦い。
名物うまいものなしの典型か、良薬口に苦しという薬茶の類いなのかな、と思いながら、
まぁ、もったいないし、とりあえず、のまなきゃ・・と、さらに口をつける。
その時に、八宝茶の味は3段階に変化するという特徴があることを教えてもらった。

 
この茶の味の変化は、人生の3つの段階を象徴しているものであり、
 最初は苦く、次は酸っぱく、そして、最後に甘美になる。




八宝茶1




その話を聞き及んで一層の感銘を受け、茶の文化の奥ゆかしさの一端に触れた思いがした。縦長で蓋付きの茶碗の中には、緑茶のほかに、菊花、龍眼の乾燥実、紅棗(ナツメ)、枸杞(クコの実)、人参、生姜、蜜柑皮、氷砂糖など、様々なものが混じり合って入っている。

初めは苦みを感じるが、時間が経つにつれて、浮いている花と棗がひらいて、微妙に味が変わってくる。今度は茶碗の縁に柑橘系の匂いが漂って、酸っぱくなる。これが、この茶に含まれた具がもたらす魔法なのだな・・と興味深く、すっかり開いた白い花弁を見つめる。 映画「マリー・アントワネット」で、彼女ががオーストリアの大使にティカップの中の花開いたお茶を勧めながら
「これは中国のお茶よ。きれいでしょう?」と言ったのも、この類の花茶だろう。

なるほど、最後に、茶は甘くなった。底に沈んだ氷砂糖が溶けて、さまざまなエキスが交じり合い、絶妙な風味である。名残り惜しいという思いと共にそれを飲み干す。




この絵はアントワネットがまだ子供の頃の皇帝一家のティータイム。
アントワネットの姉 マリア・クリスティーネが描いた、ロイヤルファミリーのお茶の風景 小さい少女はアントワネット
絵を描いたのは長姉クリスティーネ。中央の少女はアントワネット。

当時は紅茶でなく、湯を注ぐとポン!と開く茉莉花などの中国茶を飲んでいた

工芸茶
映画マリーアントワネットでもおなじみ、水中花のような工芸茶



さて、拙ブログは世界史ブログでもあるので、ここで八宝茶の歴史をぷち紹介。

マリーアントワネットも飲んでいた中国の”花びらポン”の工芸茶の元祖である八宝茶、元々の起源はシルクロードの旅人が飲んでいたものと言われている。
西洋と東洋を結ぶシルクロードで、八宝茶は、茶でありながら茶葉を使わずにシルクロード沿線上で収穫される花や実を混ぜ合わせ、茶葉のかわりに煎じて飲んでいたのが起源らしい。のちに茶葉を嗜む中国内陸に伝わってからは、茶葉(烏龍茶)も入り、今では中国全土で飲まれている。

現在では各家庭ごと、季節ごとにおふくろの味の自家製「八宝茶」があるそうだが、漓江の川下りの舟のキャビンの卓上でサービスされた蓋付きの湯飲みに入っていたのもまた、この八宝茶だった。
しかし、ちょっと、残念。
というのも、湯飲み茶碗に味気なくお湯をカップ分だけ注ぎ一回飲むだけという、勿体ない飲み方。
やはりこのお茶は一粒で2杯以上は飲めるので大きな耐熱グラスや、透明の急須で楽しまないと、ビジュアル的にも もったいない。



しかしここはやはり中国。透明ガラスよりはチャイナ(陶器)を好むのでしょう(笑)
その名も広東芳村茶業城 透明ガラスよりは陶器チャイナ
その名も広東芳村茶業城 さすがはお茶のメッカ




お土産に幾つか買ってきたが、帰国して家族で楽しみ、まもなく飲み終えてしまった。
こうした思い出そのものも、すっかり記憶から消えかけていたのだが・・・
先日、偶然に、横浜の中華街で見つけた。中国茶を選んでいると、南欧人っぽい若いカップルに、「このお茶は美味しいのか?」と袋を示され、尋ねられて、意外な場所で再発見した。
「うまいもまずいもない、エクセレンテよ♪」と答えて、我もと、同じ袋を買い求めた。
しかし、つい自分の感慨に浸って、飲み方や、途中で味が変わることの意味を、彼らに説明することにまでは思い至らなかった。
おそらく、一口飲んで「うへっ、ヘンな味ぃ~」という感想を抱いて、もう買わないか、最初から砂糖をザラザラと入れて、スプーンでグルグルかき回して飲むことだろう・・・
彼らが去ってしまってから、思わず、そんな想像をして苦笑した。


願わくば、人生の最後は甘やかなものであってほしい、と念じるものである。
先日のお茶のテーマを引き、茶にまつわるエピソードを思い出したので一筆。



美雨



こうなるともう遊びの世界?
こうなるともうアートの世界?最後まで読んでくれてありがとう
最後まで読んでくれてありがとう^^



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ただいま所要で関西におります。旅の空ゆえ暫くコメント欄を閉じさせていただきます(ぺこりん)
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味わい深い紅茶の世界史 ~紅茶でナイト~

紅茶でナイト  ~味わい深い紅茶の歴史~

いま、スーパーの紅茶売り場が人だかりのようですね。
ブロガーの友人から教えていただいたのですが、紅茶に15秒でウィルスをやっつけるパワーがあるとTVで報道されてるようです。99.96%の確率で無効化するとか。
いっとき、ココアの抗がん作用とか、アガベシロップの血糖値ゼロとかが話題で、数々の食材が棚から売り切れ、その手に乗るかなんてアマノジャクな気持ちになったものですが、紅茶と聞いて捨て置けない美雨です。
売り切れちゃったらどうしよう!なんて真面目に心配になり、スーパーにチェックに行ってしまいました。
でも、ちゃんと残っていてホッとしたところで、ホットな紅茶の記事をリニューアルアップしてみました。


紅茶でナイト



紅茶の世界史

意外かもしれませんが、紅茶の起源は中国で、紀元前2737年頃 中国・神農皇帝(伝説上の神様)により、茶葉の利用が発見されていたという伝説があります。紀元前59年には、中国で書かれた『僮約(奴隷との契約文)』に茶の記録が登場しています。


589年 中国・隋王朝の代に貴族階級の間に茶が社会的飲料として普及。
760年 中国・唐王朝の代に、茶に関する世界最初の専門書『茶経』が著される。
815年 『日本後紀』に日本初の喫茶の記録。
1191年 栄西禅師が日本最初の茶書を著し、源実朝に献上。
1559年 イタリア人、G・ラムージオが中国で喫茶の情報を初めて欧州に紹介。


そして、本格的に、私たちがイメージする、あの「紅茶」が贅沢品として普及していったのが、16世紀。
スペイン・ポルトガルの大航海時代が始まります。1510年から1580年、その間の、1516年にヨーロッパに初のお茶がポルトガルの船に積まれてやってきます。



3世紀のちに日本初の外国産ブランド紅茶として輸入されたのはリプトン紅茶
紅茶の世界史
1906年イギリスから初輸入



日本と紅茶とのかかわりはどうでしょう。 ざっと時系列でまとめてみましょう。

1609年 オランダ、九州の平戸に商館を開き、翌年、マカオから中国茶、平戸から日本茶を本国へ送る。
1610年 ヨーロッパに初めて「日本茶」が上陸、オランダ東インド会社の船が、長崎・平戸から持ち帰った。
1662年 ポルトガルのブラガンサ家のキャサリンがイギリス国王チャールズ2世と結婚。持参金としてブラジル産の砂糖や中国陶磁器と茶などを持ち込んだことで、イギリスの宮廷に喫茶の風習がはじまった。
1689年 イギリスが中国・広東省のアモイで茶の取引を開始。

一寸意外ですが、上記のように、最初に茶をたしなんだのはイギリスでもなく、フランスでもなく、オランダなんですね。
それは、ポルトガルの勢力が弱まり、オランダの時代がやってきた事にあります。
オランダの船は1610年に、ジャワ島を経由して中国と日本のお茶(少)をオランダに持ちかえったのです。その時のお茶は緑茶であったと言われています。イギリスにようやくお茶が現れるのは、オランダから約50年遅れた1652年の事になります。



ティークリッパーと呼ばれた、快速大型帆船が海面を切り裂くようにインド洋を駆け抜けた
ティークリッパー
広東の新茶を1日も早くイギリスに運ぶために。



17世紀に、当初 男性の社交サロンであったコーヒーハウスから、宮廷に広まった飲茶の習慣は、18、19世紀にはイギリス社会の隅々に浸透しました。かりかりに焼いたパンにミルクティーというイギリス式朝食がうまれ、ヴィクトリア朝時代にはアフタヌーンティーが定着。道具にもイギリス独自の工夫がうまれました。例えば受け皿(saucer)は東洋にはないものでしたが、イギリス人はこれに熱い紅茶を移して飲んでいたとか。カップに取っ手をつけたのもイギリス人。1765年ウェッジウッドは初めて取っ手のついたティーセットを制作し、宮廷に卸しました。


そして1800年代。
アヘン戦争で清朝はイギリスに降伏。「南京条約」により、イギリスは香港を得ます。1833年、中国に独占権があった紅茶の取引は自由競争になり、紅茶は世界へ広まっていくことになります。
日本でもおなじみの、リプトン紅茶の創始者、サー・トーマス・リプトンもこの時代に生まれています。(1850年誕生)

一応世界史ブログなので(笑)、紅茶の歴史を、駆け足でざっと、ご紹介してみました。



茶の風味だけでなく、器や菓子などの組み合わせにより、上流社会のサロンを彩ったアフタヌーンティー
アフタヌーンティー
紅茶の世界観のきわみかもしれない



久石譲さんのアジアンなCDを聴いていたら、癖のある、濃い目のラプサン・スーチョンが飲みたくなりました。


はい、紅茶党です。


フレーバーティーまで合わせると、三十種類はおいてあります。無名の英国ブレンド紅茶なんかでも、缶の絵柄が綺麗だと、それだけで美味しいプレミアム。(*^_^*)

毎日、必ず二種類以上は飲みます。

そして今

美雨が一番凝っている茶葉はというと・・・



TS3A2027.jpg
F&Mのラプサンスーチョンが一番マイルド


お気に入りのカップでいただけば至福
凹んだときも、お気に入りのカップで紅茶が飲めれば至福♪




以前はフローラルな香りのセーデルブレンドやフォションの果実系が好きだったのに、最近はプレーンなF&M(フォートナム アンド メイソン)のロイヤル・ブレンドばかり飲んでいました。
プレーンな紅茶のなかで、これほど美味しい紅茶は他になく、飽きなくて毎日飲める飲めるからです。
味覚に乏しいといわれる英国人ですが、紅茶に対する舌は別人のようにすごいと思います。

さて、イングリッシュティーの中で中国茶のような原始的発酵茶は疎まれそうに思いますが、なぜか英国人に好んで飲まれる中国茶があります。本場中国のものは正直泥臭いお薬のようですが、紅茶の大御所F&Mの製法を経て完成されたラプサンスーチョンは、マイ・フェア・レディーの下町娘イライザが貴婦人に生まれ変わるように洗練されたフレーバーに。
同じ茶っぱを使っているのに、中国のラプサン・スーチョンとはまるで別もののように思えるので不思議です。



ミルクで漉すチャイにしても美味しい
ミルクで漉すチャイにしても美味しい
ラプサンスーチョンで割る場合、シナモンは控えめに♪



それでもやはりラプサン・スーチョンは強烈です。(笑)だって、松葉フレーバーですから。
まあ、紅茶のルーツをたどれば、もともとは中国ですから、先祖がえりのフレーバー追及も楽しからず也、の境地でしょうか(笑)。

さて、松の木を燃やした煙で茶葉をいぶして着香させるという製法はアールグレイと共通していますが、あのスモーキーさと強烈さは格段の違いがあって、ラプサンスーチョンはアールグレイのお父さん、ううん、ウルトラの父?という感じ。(笑・・・えない!本当。)

そういえば、仙人は松葉を食して何千年と生きるといいますが、松葉や松節を使った滋養エキスは薬やドリンクにも使われているから、日本人には違和感のないフレーバーかもしれません。もしダメでも、ミルクティーにすると絶妙です。


ウェッジウッドとバトラー



余談ですが、昨年、英国のエリザベス女王陛下の生誕90年ということで、世界中に『英国フェア』が巻き起こりました。
EU離脱問題もなんのその、「女王」「生誕90年」「紅茶」と3つのキャッチコピーを重ねるだけで、どこのアフタヌーンティーも倍お客様が入るという熱狂ぶり。
やはり、女王と紅茶は、政治の壁をも貫ける威力を持っているんですね。

日本でも、帝国ホテルのラウンジでは、ウェッジウッドの茶器と茶葉を使用したアフタヌーンティーでバトラーによるサービスが催され、大人気を博しました。予約をしたくても連日満席で入れないという熱狂ぶりで、期間を2か月間に延長したとか。
バトラーといっても、燕尾服を着て白手袋をつけた日本人なのに。(笑)
それでもやはり、バトラーの気の利いた采配と洗練された手つきでカップに注がれた茶は、マダムには最高の付加価値なのでしょう。

「じい、お茶を」
「はい、お嬢様。今日はサンドウィッチとスコーン、どちらをお召し上がりに?」
「スコーンで。今日のジャムはフランボワーズにして頂戴」
・・・なんてお決まりの会話が聞こえてきそうです。

「アフタヌーンティー ウィズ バトラー」はアジア圏の大手ホテルでもこぞって真似されたようです。



紅茶棚
実は この右隣も紅茶棚・・・もうスペースがありません(汗)←紅茶バカ




ラプサン・スーチョンの、松葉を燻したアジアンな香りが久石さんのオリエンタルなピアノと弦の絡みに共鳴して響きあいます。


ああ、至福のひととき。


やっぱり、紅茶でナイトね。



美雨




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サートマスリプトンのおじさんリプトン
若いころ美少年だった紅茶王 サー・トーマス・リプトンのおじさんより


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