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2018.12/06 [Thu]
大河ドラマ 八重の桜 第33回「尚之助との再会」

歴史ドラマ 八重の桜 第33回「尚之助との再会」
あの名作が帰ってきた!
平日 朝8:00~午前9:00 深夜1:15~深夜2:15(月~金、毎日放送)
制作年 2013年
制作国・・・日本 ジャンル・・・歴史ドラマ
総話数・・・全50話
出演者・・・綾瀬はるか、西島秀俊、長谷川博己、オダギリジョー、綾野剛、玉山鉄二、市川実日子 ほか
「八重の桜」33話視聴率は15・9%で、前回より2%アップ。 尚之助が斗南藩のために罪をかぶったことを知った八重。私の愛した妻は、夫の前を歩く、凛々しい妻です・・・あなたは、新時代の陽向をあるく人・・・!夫の変わらぬ愛に、とめどなく流れる涙。何があろうと、尚之助と八重の愛は永遠に不滅です。
チャンネル銀河・八重の桜HP https://www.ch-ginga.jp/feature/yaenosakura/

八重の桜OP、BGMにドゾhttp://www.youtube.com/watch?v=6tDZC6aTUxA
第33話あらすじ
明治6(1873)年、政府はこの年初め太陽暦を導入。千年の古都京都にも文明開化の波が押し寄せていた。
八重(綾瀬はるか)は、女紅場と呼ばれる官立の女学校で住み込みの舎監として働き、また学生として英語を学びながら、一年が過ぎていた。英国人女子教員ウエットンの英語授業は、英語を学ぶだけでなく、欧米の新しい考え方にも触れることが出来、刺激に満ちている。リンカーンのゲティスバーグ演説を取り上げたあと、それぞれのドリーム・・・抱いている夢は何かと尋ねるが、当時の因習で、婦女子の英語はただの芸事みたいなもので役にはたたないと誰も手をあげぬなか、八重は、まっさきに発表する。「私の夢は、学校をもっともっと大きく、もっと沢山学べること!」八重は、シンプルな表現でも思ったことを恥じずに答えようと皆を勇気付ける。”Don't be shy!"
出身も身分もさまざまなこの学校で、八重は機織と作法の教師としてだけでなく、心のカウンセラーとしても女学生たちの信頼を得ていった。
一方、荒廃しかけた京の再建を参事の槇村正直(髙嶋政宏)から任された覚馬(西島秀俊)は、そのための人材を育てるため、教育に力を注ぎ、次々と理想を実現させていた。八重の勤める日本初の公立女学校である女紅場はじめ、理化学、薬学の研究機関である舎密局、また病院建設の計画も立てていた。大阪の舎密局から、逸材の明石博高を抜擢した槇村が自慢げに覚馬に引き合わせるが、明石は、”会津守護職時代 京の洋学所でわけ隔てなく教育を施してくれた覚馬先生へ恩を返すため、京まで来た”という。苦虫をつぶしたような顔をして槇村は「金には糸目をつけず、いくらでも出す」と言い放つ。じっさい、京の近代化は、覚馬が発案、槇村が決裁、科学者明石が実行、という三つ巴のコラボで展開していく。
その頃、東京の新政府内では、朝鮮政策をめぐって、激しい対立が起きていた。日本の国交樹立を拒む朝鮮に対し、強硬派である土佐の板垣退助・佐賀の江藤新平 対 岩倉・大久保は反対派、その狭間に西郷がいた。西郷は、廃藩置県以来、新政府が奪った武士の力ーー士族の不満に報いるため、朝鮮派遣を任せてほしいと 薩摩の同胞である大久保を脅すが、使節団としてアメリカから岩倉と帰って以来、大久保は欧米への遅れを知り、国内の文明開化が急務と、ついには西郷と袂を別つことに。
そんな折、槇村が業務妨害の容疑で捕まり東京に拘留される事件が起こる。朝鮮政策がらみの権力闘争で長州の力をそごうとした、佐賀の江藤が槇村を拘留したのだ。江藤は初代の司法卿であった。覚馬は、槇村の後見人である木戸孝允(及川光博)にとりなしを頼むため、八重を連れて東京へ向かう。結局覚馬の申し出は聞き入れられなかったが、時を同じくして起きた朝鮮問題をめぐる政府内の分裂によって槇村は釈放される。八重も槇村に恩を売る形で、すべての女学生達に授業料を払わずにすむよう女紅場への出資を引き出す。学生の中には暮らしの厳しい者も多く、八重は彼女たちを守りたかった。
その後、勝海舟(生瀬勝久)から尚之助(長谷川博己)の居場所を聞いた八重は、尚之助が住む浅草へ行く。しかし、再会の場にいたのはやつれきってすっかり生気をなくした伴侶の姿だった。
・・・ということで、次回は第34話「帰ってきた男」です。
第33話ぷち・ギャラリー
<What is your dream?>
What I do here - my dream is I make this school biger and biger
to study, and learn more and more.

ドリームを語る八重
征韓論でもめにもめる新政府

<資金運営の危なくなってきた女紅場のため京都府庁に向かう八重>
いまからCastleへ言ってまいりやす! 長州という城へ!

女紅場に下さるお金を増やしてくなんしょ

ひ~っ なんとかならんかこの妹
<初めての蒸気機関車>
うぁ~、すごい、兄つぁま、海だし

子供のようにはしゃぐ八重を笑う覚馬だが・・・
藩を自分達で壊しておきながら未だ長州だ、佐賀だとこだわれるとはいささか滑稽

権力は政治を動かす道具に過ぎぬ・・・たかが道具に足をとられてまともな政ができますか?
覚馬「八重、岩倉さまは何を見ておられる?」

八重「先ほどからずっと笑みを浮かべておいででごぜいやすが、
その目は何を見てんのかわだすにはわかりません」
<決裂した明治新政府>
ここにはもうおいのでくっこつぁなか、破裂じゃ、もはや止めがならん!

<勝海舟に尚之助の消息を調べさせていた覚馬>
ええっ・・尚之助さまが裁判?

勝「イヤな時代だぜ・・・本来なら、国の中央にいてもおかしくない逸材なのに」
<尚之助との再開>
ボロボロの尚之助

わだすをおそばにおいてくなんしょ、夫婦でなぐてかまわねぇ

八重・・・

尚之助さまのお役に立ててくなんしょ、お願いしやす・・・

お願いしやす!尚之助さま・・・
ううぅ~

がっかりさせないでください。あなたには京都で生徒達を助ける舎監の仕事があるでしょう

わたしの妻は鉄砲を撃つ女子です。わたしの好きな妻は夫の前を歩く凛々しい妻です。
八重さんの夫になれたことが、わたしの人生の誇りです。
もう二度とここに来てはいけません。あなたは新しい時を生きる人だ・・行きなさい。
<襄のドリーム>
一方、アメリカ グレイス教会で日本の教育の支援のため演説する襄

教育への夢を語り、八重と同じく資金を引き出す襄
八重の桜、こんなところが好き!感想&雑記
It is for us the living, rather to be dedicated here to the unfinished work ~
と始まる、あまりにも有名なリンカーンのゲティスバーグ演説。
ここで戦い、命を落とした者達が、これまで尊く前進させた仕事を受け継ぐのは、生きている私たちの使命・・・・
父・権八、弟・三郎、戦友の竹子、雪、師匠の黒河内、みずから鉄砲を教えた白虎隊士・・・命を落とした人々の顔が脳裏に浮かぶ。この演説の言葉に、故・同胞が成し遂げられなかったことを、生き残った自分が受け継いでいこうと改めて思っただろう八重。
兵器による復讐という形でなく、学問・教育というドリームに変えて、戦っていく八重、輝いてきましたね。
明治になり、京都で目を輝かせドリームを語る八重と、
一方で、東京で被告人として澱んだ生活を送る、ドリームをなくした尚之助。
二人の人生はあまりにも大きく違ってきました。
会津と斗南をひきずった、旧時代の骸のような尚之助と反対に蒸気機関車の走るお江戸のように、確実に明治という新時代にシフトしている八重。
シャボンやレモネードに大喜びし、俗物に見えた槇村にも、戦後の荒れ地に新しい国家をつくるというドリームがあると知りました。
覚馬の、権力は政治を動かす道具にすぎないという、アイロニーに満ちた格言も少なからず勝ち組の為政者達の政治姿勢に投影されていきそうですが、今回は、新政府の内紛よりは、八重と尚之助との再会がメインですね。
連理の枝のようだった睦まじい夫婦の、まさに生木を裂くような運命ですが、八重がさらに前進し、襄と筋の通った再婚をするためにも、協議離婚であったことが必要なので、今回の再会には重要な意味があると思います。
そして視聴者にとっては、愛ゆえに身を引いた夫の本心を八重が知り、二人の愛は何も変わっていないことを確信できた・・・
いろんな意味で、脚本のむつみさん、good jobですね。
思えば、
「訴えにある川崎どのの件は、わが藩の全くあずかり知らなかったこと!
裁判所にそう伝えよ」
尚之助の運命を決定づけたこのひとこと。
この一件のあと、尚之助ファンの中には、命を張って会津に尽くした尚之助を、他人事のように見捨てた大蔵を、あまりに冷たいと非難の声が多かったと知りました。
これも無理からぬこと・・・
時代が時代ですからね。藩に見捨てられた藩士は、もはや死を与えられたも同然。
「わが藩は、川崎殿の裁判の案件とは全く無関係と伝えろ」
一見冷酷な大蔵でしたが、これは正しい決断だったと言わざるをえません。
こちらに義があろうとなかろうと、人の上に立つ者、いざひとつ判断を誤ったらさいご、
藩民が全員、路頭に迷うことになる・・・このことは、藩主・容保の決断によって、会津が滅んだことを身をもって知る大蔵なら、苦い経験のなか痛いほど学んでいたこと。
同じわだちを二度と踏んではならない、と大蔵は知っていた筈。
また、これが「尚之助が本来きっすいの会津藩士であれば、大蔵の対応は違っていた」と言う声もありました。
けれども、尚之助がもと他藩の人間であった、無かったに関係なく、失策をおかしたのが旧会津藩士でも、大蔵は同じことをしたと私は思っています。
移り住んだ下北という酷寒の痩せた土地で、凍死者・餓死者を出していた貧しい斗南藩・・・負からスタートを切り、一国のトップとして藩のかじ取りをまかされた大蔵の苦渋の決断を、平和で豊かな時代に住む私達のものさしで測ってはいけません。
いざ尚之助を助けたところで、勝ち目のない裁判、三千両もの違約金をうけ負えば、間違いなく藩民全員がのたれ死んでしまうでしょう。
また、そのような助けは、とうてい尚之助の望むところでは無かったはず。
自分の失敗は自分の身ひとつでおぎなう・・・尚之助は、そういった男です。
むしろ、心を鬼にして切り捨ててくれた大蔵には「私の意を汲んで、よく決断してくれた」と
思ったかもしれない。
二万の藩民を道連れにするようなことになれば、尚之助は二度死んだことになってしまう。
そして大蔵は、二度会津を滅ぼすことになるのです。
けれど、二度別れることになった八重はどんなにつらかったろう・・・
八重の、やり場のない哀しみと、どうしようもなさが、時空を超えて、画面からあふれ出てくる・・・。
会津に生き 会津に散った男、尚之助。
ひとは彼を洒落た才気ある男、と評したという。
人生の最期にあっても、彼はこんなウィットあふれる狂歌を詠んでいました。
このころは 金のなる子の つな切れて ぶらりと暮らすとりこえの里
きょうはまだかてのくばりはなかりけり 貧すりゃドンの音はすれども
八重が訪れた浅草・鳥越を去って、いよいよ最期の地に向かう清貧な暮らしと、後の歌は貧と貪をかけたのか、ドンと鳴る明治4年に始まった午砲がときを告げるのに、食事にもこと欠くさまを自嘲したもの。
八重や会津を守るため、そのまま黙して死に突き進む覚悟をしていた尚之助・・・
当の会津から救いの手すらなく見捨てられても愚痴ひとつ言わず、わが身より愛するものたちを守るほうを潔しとした男の中の男。
神の国を口で説く襄が牧師なら、尚之助は重い十字架を背に肩代わりしてゴルゴダの道を歩む受難の生き聖者のよう。
陽のささない、いばらの道です。
けれど、八重は違う。 尚之助はそう思ったに違いない。
私の愛した妻は、時代に選ばれた女性(ひと)・・・!堂々と陽の光をあび、新しい時を誰より先に歩んでいくひとだ。
尚之助の叶わなかった夢―ー百年先の未来の方向性を正しく描き出し、 かじ取りをしていける世にも稀な女性・・・たとえこの身は朽ち果てようと、自分はその土壌となって、布石となって、共に夢をかなえていくのだ・・・
それが尚之助のドリームなのだ・・・
だから、決して不幸ではない。
短くとも、凝縮された愛の瞬間がある。彼女に愛された夫としての誇りがある。
彼は死後も八重の夢や思想の中に生き続けます。
八重の魂の一部となって、あらたな いのちを得る尚之助は、8月度OPバックの緑のように、
潤い再生するふくしまの森のようです。
キャスティング❤今日のフィーチャー
今日気づいたのですが、あまりに空気みたいで(軽くて?なじみ具合がいいという意味で。笑)ハセヒロさん自身の紹介をしていなかった気がして、あらためてフィーチャー。それほど、表裏一体のコインみたいな夫婦。ハセヒロさんはこの回で撮影クランク・アップ。八重役の綾瀬はるかさんは、撮影の後も、涙がとめどなく流れて止まらなかったそうです。本当の八重がのりうつったように。それほどにお似合いでした。
<長谷川博己・はせがわひろき あらためて紹介>
1977年生まれ、東京都出身。舞台を経て、テレビ、映画で活躍。
主な出演作に、舞台「海辺のカフカ」、映画「セカンドバージン」ドラマ「雲の階段」「運命の人」「家政婦のミタ」などがある。大河ドラマは初出演。
エネファームのコマーシャルではギターの弾き語りと電気ウナギイヌとのコラボで話題に。

舎密術でウナギ犬に電気発電を教える尚サマだが・・・
<会津篭城戦を共に戦い抜いた八重の夫>
但馬出石生まれ。蘭学と舎密術(理化学)を修めた洋学者。江戸の佐久間象山塾で知り合った覚馬に惚れ込み、会津にやってきた。山本家に居候しながら仕官をめざすがなかなか叶わなかったが、覚馬の薦めもあって八重と結婚、少しずつ夫婦らしい感情が芽生える。鶴ヶ城の篭城戦では八重と共に大砲隊の指揮を執って戦う。戊辰戦争後は他の会津藩士と共に謹慎後 斗南藩にいき,皆の困窮を救おうと奮闘するも米の取引で詐欺に遭い、その責めを一身に負い、裁判のため戻った東京で死去。

尚之助の”ひととなり”は、ドラマでもすっかりおなじみでしょうが、今回心に残った、演じ手長谷川博己さんは、「最後までまだ何かやれると行動した人物」と語っています。
居候の身だった尚之助は、最初こそ覚馬に頼まれて山本家に留まっていたけれど、いつしか尚之助自身に頑固な会津魂が芽生えてきたのでしょう。師である象山が亡くなったとき、覚悟をするのです。八重と共に会津のために生きよう、と。八重と過ごす会津での日々が尚之助を成長させていくのを、演じながらひしひしと感じたというハセヒロさん。
しかし、決意したとたん、会津は戦争に突入してしまう。また、学者として専門的な意見を何度献策しても、認められないもどかしさに誰より苦しんだ人。この戦いの勝敗を分けるのは銃の性能であるとわかっている・・・そんな歯がゆい思いと戦いながら、「最後までまだ何かやれる」と行動した尚之助、敗戦後も、斗南で藩の窮状を救うため奔走していました。尚之助ならおそらく、どんな状況になっても、まだ自分にやれることはないかと作戦を立てたことでしょう。その結果、自身が暗黒星雲に飲み込まれようとも、八重や斗南藩を守るため、責めを一身に負い、そのまま黙して昇華した、男の中の男。
歴史研究家のあさくら氏は、川崎尚之助の人生を語るとき、一にひたむきな努力が認められ、二にその素直な性格が会津に認められ、三に愛する八重に認められ、その思うがままに一途に尽くした人生だった、と語っています。
八重の桜



理屈なんかいらない!
今日は尚さんスペシャルで、思い切り あのシーンあの名場面をしのびます(涙)
やっぱり白が似合う尚之助

<会津の純情・青春時代>
鉄砲バカのふたりの会話は見ていて楽しいが・・・(汗)

さわやかなふたり

<この頃からラブラインに突入>
八重さん・・勝手ながら私は少しほっとしています

八重さんがいなければ新式銃を一緒に作る人がいなくなる
<初夜・花嫁に京の紅を紅をさすしてやる尚之助>

この薬指が よかったですネ(涙)

<ぷち・ハネムーン>
偵察のために近隣諸国を旅した尚之助、

厳しい急ぎ旅ゆえ、遅れたら置いてきますよと言ってましたが・・・八重よりヘタレでしたw
鉄砲ヲタクのふたりはいつも一緒

尚之助は、資料が殆ど見当たらなかった人の筆頭です。以前は籠城戦のあと会津を捨てトンズラしたという俗説までありましたが、そんなはずはありません。ドラマをご覧になっている方はお解りだと思いますが、八重と庄之助は互いに尊敬しあう、実に仲睦まじい夫婦であったと思います。演じているお二人の初々しい夫婦らしさが、私も大好きなんです。お似合いの二人が別れてしまうなんて可哀そうという声を、しばしばいただくのですが、二人がどんな形で別れを決断したとしても、すべてはお互いを思いやる気持ちからのことです。
by 山本むつみ 脚本家が語る『八重の桜」より抜粋
猪苗代の別れのあと、邂逅はあったのか無かったのか・・・尚サマ&八重カップルファンはずっと気を揉んでいたことでしょう、自分もふくめ・・。思い切ってこんな素敵なシナリオを書いてくれた山本むつみさんに感謝状さしあげたいくらい。名台詞と共に、ふたりの残像が永遠にきざまれるような、粋な別れでした。
まるで、会津ゆくすえと八重の未来のしあわせを見守るように、身一つ犠牲にすればいいことじゃないか、とばかりの潔い男の人生・・・最後に八重を見送った尚之助の眼には、一点の曇りもなかったことでしょう。
愛しているからこその別れ・・・
人間であればこそ、そんな別れもまた、あるのでしょうね。
涙
尚之助「会津も、君も、負け犬なんかじゃない!力強く生きていくんですよ」

承知しました・・・うっうっうう (電気ウナギイヌはみた
「八重の桜」各話あらすじ&感想
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html
尚之助に関するレビューはこちらを参照
30話クリックhttp://yonipo.blog13.fc2.com/blog-entry-1055.html
31話クリックhttp://yonipo.blog13.fc2.com/blog-entry-1060.html
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