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ちょっとだけスピリチュアルな世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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大河ドラマ 八重の桜 第37回「過激な転校生」  ~新島鵺(ぬえ)にございます~

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歴史ドラマ 八重の桜 第37回「過激な転校生」

あの名作が帰ってきた!
平日 朝8:00~午前9:00 深夜1:15~深夜2:15(月~金、毎日放送)
制作年 2013年
制作国・・・日本  ジャンル・・・歴史ドラマ
総話数・・・全50話
出演者・・・綾瀬はるか、西島秀俊、長谷川博己、オダギリジョー、綾野剛、玉山鉄二、市川実日子 ほか

第37話の視聴率は15・0%。何でもやってみるものです、良いものは良い、と襄。”ならぬものはならぬ”をそのままひっくり返してみるごとにした・・・良いものは良い、と八重。生意気な熊本の転校生達も良い所は受け入れる・・・新島鵺とからかわれつつ、そんな生徒達に何か一つでも良いものが伝えられればと願う八重だが・・・

チャンネル銀河・八重の桜HP https://www.ch-ginga.jp/feature/yaenosakura/
過激な転校生2
八重の桜OP、BGMにドゾhttp://www.youtube.com/watch?v=6tDZC6aTUxA

第37話あらすじ
明治9年1月、結婚した八重(綾瀬はるか)と襄(オダギリジョー)は、新居ができるまで山本家で暮らすことに。新婚初日の朝、山本家にベーコンを焼く匂いが漂う。アメリカでは朝食は卵とベーコンだからと、やっと手に入れたものであった。襄は早速、八重との寝室にベッドを取り寄せる。生まれて初めて見るベッドをいぶかしむ八重だったが、襄に勧められるがまま横たわる。高い寝床を怖がりながらも、翌朝いつのまにか夫を蹴落とし熟睡から目覚めた八重は寝心地の良さに感動していた。ベッドについて「良いものは良い」と納得する八重に優しく微笑む襄。八重も襄の優しさに応え、積極的に洋風の装いや生活をとりいれていく。 しかし単に暮らしがアメリカ的に変わったというだけでなく、襄は夫婦の間に上下は無く、私と八重さんは平等で対等だから、と、洗い物も自ら率先してやるだけでなく、その上「それより旦那様はやめてジョーと呼んでください」と言っては頬に口づけし、家族を驚かせるのだった。
八重と襄は毎日人力車に乗り、降りるときは襄が八重に手を差し出す。「さ、八重さん」「ありがとなし、襄」着物に帽子を被った八重はにっこり微笑んで襄の手を支えに洋靴を履いた足をおろす。

この頃、日本各地では次々と洋学校が設立されていた。それは身分から解放された明治の人々の、学問で身をたてんとする熱気のあらわれであった。その気運に乗り、同志社英学校も開校初頭の8人から約30名に生徒の数を増やしていた。しかし、生徒が増えることで年齢の違いや習熟度のばらつきがあまりに大きく、宣教師のデイヴィスと襄も頭を悩ませていた。そんななか、同志社英学校に熊本からの転校生が入学してくる。彼らは地元で激しい迫害にあっていたキリスト教信者で、襄や八重には一向に心を開こうとせず校内では問題行動を繰り返す。夫を呼び捨てにし、着物を着てはいるが頭と足は洋式というちぐはぐな八重を、彼らは鵺;ぬえと嗤う。熊本洋学校のジェーンズの元で高度な教育を受け、広範で深い知識を有していた彼らはその結束の強さから※熊本バンドと呼ばれたが、熊本バンドとの摩擦が原因で、生徒が一人また一人とやめていく。
同じ頃、明治政府への反乱が各地で起こる。熊本バンドを追いつめた士族による熊本神風連、福岡の秋月の乱、山口萩の乱、政府軍に敗れた士族らは西郷のいる薩摩に流れていった。そして東京では 山川浩(大蔵)が懸念していた通り、廃刀令を痛烈に批判していた幼馴染の武村(幸之進)はじめ十数名の会津藩士達が日本橋で警官を切り殺し逮捕される事件が起こる。浩(大蔵)のもとに、警官姿の佐川官兵衛が駆けつけ「山川殿は何知らなかった、よいな」と言い残し去っていく。「共犯にすら、なれながった」浩は涙をこぼす。「政府は、士族を追いつめすぎだ!」と。

ついに熊本バンドは同志社学校改革要望書を提出し、生徒の能力を甲乙に分け 上級科・普通科に分けること、成績不振のものは退学とすること、新島襄氏を学校長から解任し新たに西洋人宣教師を学校長とすることを挙げ、認められない場合は自分らは退学すると迫る。
しかし襄は授業の見直しはするが成績を理由にした退学は認めないと答える。「私の目指す学校は、学問を教えるだけでなく、心を育てる学校です。主は言われた、自分を愛するように隣人を愛せ、と。歩みが遅くともよい。気骨あるものも良い。良いものは良い。しかし、己のために他者を排除する者は断じて許さない!」

・・・ということで、次回は第38話「西南戦争」です。

※熊本洋学校と熊本バンドとは・・・開明的な藩知事細川護久が領内の優秀な子弟を集め、全国に先駆けて設立した洋学校。この学校の生徒達がアメリカ人教師に感化され集団でキリスト教に入信したことは、県下をゆるがす大問題となった。また、迫害を受けて同志社英学校に転校してきた金森通倫、徳富猪一郎、小崎弘道、市原盛宏ら20人ほどの生徒たちは、結束の強さから、「熊本バンド」と呼ばれた。


第37話ぷち・ギャラリー

新しい二人のライフスタイル  
八重3701
 「襄と呼んでください」ジ、ジョー?
八重さん、Good morning! チュッ☆
八重3702
家族たち@@;ボーゼン
あっ、そうだ、便所はこう椅子に座ったまま用を足せるようなもので・・・
八重3703
八重さんも慣れればきっと・・・(リアルな姿勢の襄)
やめてくなんしょ・・!人前で厠の話までするもんでねぇ
八重3704
う、ぷはっはっ・・・そう怒らんと・・はっはっ・・・
八重3705
すんまへん、ほんまに面白い夫婦や。ジョーに八重さんどすか?
初めてのベッド  
八重3706
ほんとだ、やわらけぇ~  ピョンピョン
八重さん、今日は一緒に寝ましょう!  
八重3707
えっ?
八重さん、私はあなたが怖い妻でよかった・・・日本にこんな女性がいるとは思いませんでした
八重3708
私は私の後ろではなく隣をともに歩く妻が欲しかったんです・・・ときに夫を導き、前を歩く妻が。

<アメリカ式に妻をエスコートする襄>
襄、ありがとなし
八重3709
ジョー? 先生を呼び捨てにしはった。なんやあのハイカラななりは!?

<クリスチャンとして迫害された熊本洋学校の生徒達を受け入れて欲しいとの要望が・・・>
襄「私は迎えたいです。彼らは優秀で信心深い」
八重3709a
覚馬「その信心深さが問題でねぇか。同志社とて町の者らの反発は今でも強ぇ」
信心深いクリスチャンを受け入れればさらに反感を持たれる
八重3710
気持ちはわかるけんじょ不満を募らせる士族は日本中にいる

<とうとうやってきた熊本バンドの金森>
皆さんの入学を私は歓迎します。 手を差し伸べる襄
八重3711
っあ・・・ありがとうございます!!

<熊本バンドの変わり種 徳富猪一郎のドリーム>
俺は・・他にやりたいこつがあるっと。
八重3712
聖書のよかところを学んでやりたいこつに生かすつもりたい
その恰好・・お前は鵺(ぬえ)たい!
八重3713
俺は・・・新聞記者になりたか。
八重3714
世の中ば、自分の目で見て本当のことをたくさんの人に伝えたか。

<同志社学校改革要望書を出す熊本バンド 無理難題を押し付ける彼らに対し、襄は>
ひとつ、成績不振のものは退学とすること!不埒もんや成績不振のもんは秀でた者の妨げになっとです!
八重37話
認められない場合はわれらも退学します!
私が目指す学校は学問を教えるだけでなく心を育てる学校です。
八重3715
己のために他者を排除する者は私は断固として許さない・・!!
一緒に作っていきませんか?ここはあななたちの学校です
八重3716
教師任せにしないで自分たちで変えていけばいい。力を貸してくなんしょ

<ひっこみがつかない熊本バンドだが・・・>
俺はかっこつけんと生徒のために涙流せる先生ば、男らしかと思った・・!
八重3717

いっちょうらの浴衣の彼らに、八重が縫ってやった新しい袷(あわせ)を着て・・・
八重3718
温(ぬく)か~

<廃刀令に反発し、事件を起こした幼馴染の武村(幸之進)が捕まり・・・>
共犯にもなれなかった・・腹を明かしてくれなかった。俺を薩長の手先だと・・
八重3719

<八重の縫ってやった着物(袷)を着て授業に出てきた熊本バンドにあらためて挨拶>
新島鵺(ぬえ)にごぜいます。
八重3720
・・・・!!  
八重3721


<同志社関連 キャスティング>

徳富猪一郎:中村蒼
伊勢時雄:黄川田将也
金森通倫:柄本時生
市原盛宏:永岡佑
小崎弘道:古川雄輝
海老名喜三郎:阿部亮平
徳富初子:荒井萌
伊勢みや子:坂田梨香子
杉田勇次郎:礼保

公式サイト キャスト紹介
http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/cast/story09.html




八重の桜、こんなところが好き!感想&雑記

今回は、八重と熊本バンドが主役でしたね。

新しい日本をつくるという“同じ志”を持つ者が集まる場所が、
玉石混合の”玉(ギョク)だけを残し、石は排除しろ”という熊本バンド。
まだ子供なんですね。

に対し、玉にも石にも良さがあり、その心を育て磨けば日本の玉になると信じている襄、神の申し子のような人ですね。そんな襄の今日の武器は「涙」でした。

しかし熊本バンドは、悔しいほど学力優秀ですね。
学力差がある場合、このようになるのは、ある意味当然でしょう。
同志社が、さらに進化するためには彼らの力をそぐより、生かす方向性がよいでしょうね。
徳富蘇峰などの明治の文化をリードする優秀な学生が出たことで、 同志社の地位も不動のものになりますね。
徳富は、のちに仏教に帰依しますが、新島の精神はしっかりと受け継いでいくのですから。

他にも同志社大は世の中に多くの優秀な人材を送り出しました。
新島襄の学生への愛がその礎なのでしょう。

今回政府中枢は出てこなかったですが、旧会津藩士に反政府テロを起こす者、軍人(大蔵)、警官(佐川、斉藤)らが激突し、時代の激動を感じさせました。殺気立っています。
刀狩から、袂を分かってしまった大蔵と幸之進ですが、会津を逆賊として滅ぼした雄藩でついに反乱運動が起き、鎮圧に向かう 大蔵や佐川、これこそ正しいリベンジだったと思います。戦争や人殺しではなく、大蔵(浩)は正しい方法で活躍したのですから。

また、殺気立つ世情をうつす雛型のように、まっぷたつに割れたクラスの、熊本バンドの若者の熱さと苦労する「同志社」のあり様が、うまく対比され描かれていました。

さすがに覚馬は冷静に現実を見ています。
信仰の強さゆえの熊本バンドの問題と不満を漏らす士族たちの行く末を、第三の目で見るあんつぁまの眼力は、見えてたときより研ぎ澄まされているようです。

そのあんつぁまをして、「自分はとうてい母の聡明さには及ばない」と言わしめた賢母、聖書などしらぬげな佐久の言葉、「米粒が神様のお恵みなら、神様もおいしく食べて欲しいはずだ」のツルの一声。いや、聖母の声というべきか。
文句も言わず、食べ始めた生徒達。おっかさま、さすがです。

その母のDNAを受け継ぐ八重もさるもの、彼らの氷のような硬いバンド(結束)に対し、襄の武器が涙なら、八重の切り札は温(ぬく)さ。
氷は温もりで溶かされます。
それは、八重の縫った袷(あわせ)をまとって「温(ぬ)っか」と声を漏らし「格好つけんで生徒達んために涙流せる先生ば、男らしか」と声を漏らした徳富に、一言も反論が無かったのがよい証拠ですね。
極めつけに、「新島鵺でございます」と、まさに”ひっくり返して”みた感じ・・・
今回も倍返しした八重、やりますね。

襄にはやはり、こんな強い妻で丁度よかったのでしょう。良いものは、良い。(笑)
しかし、八重の夫となる男性達はどこか似ている。

「夫の前を歩く妻が欲しかった」
「国とは、ピープル・・・人々のことです」
流れた音楽も、 尚之助と八重さんのあの日シーンを思い出させる「輝かしい未来へのエール」。
中島ノブユキさんの、ステンドグラスを通ってやってくる、透明感あふれる賛美歌のようなメロディーが、いつも八重にむかって天から愛のシャワーを降らせている尚之助を思わせました。いえ、八重にはもう聞こえていたのかも。
襄と出会い、いくさの傷も癒えて心が温くなった今の彼女には、どんな声も聞こえるでしょう。

そして美雨の耳に響いてきたのは
「ざんぎり頭をポンと叩けば文明開化の音がする」という懐かしい歌でした。
この歌い文句、続きがあって、以下の通りです。
「半髪頭(ちょんまげ)をたたいてみれば、因循姑息な音がする。総髪頭(長髪)をたたいてみれば、王政復古の音がする。ざんぎり頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」
噛み砕いていうと、
ちょんまげ頭は古いしきたりに固執している人。
総髪頭の人はちょんまげよりましだけどまだ古い。
散切り頭の人が流れに乗っている人、という感じでしょうか。

37話を映す歌みたいな。
ベーコンにオムレツ、そしてベッドに腰掛けトイレ。食生活もライフスタイルも文明化、正に時代が変わりました。「転校生」なんて タイトルも、既に明治、大正を越えて昭和に入ってますし(笑)
にも拘わらず、器は変わっても、中身は変わらないという皮肉、前話の覚馬が伏線のように響く。
九州はまだ攘夷などを唱える人たち、いまだ耶蘇狩りをするような熊本、何で最初に洋学校を設立したのか不思議でなりません。そのちぐはぐさからか、 いっちょうらの熊もんバンドたち、要求だけ厳しくて校長降ろしとはあまりに勝手。しかも鵺などとは明治の時代に古臭いです。宣教師になりたいと福音を唱えながら、平等でも無く、隣人を愛してない。
攘夷派がまだ根強いからキリスト教信者は迫害される、その痛みを知りながら、まったくもって中身は保守的、エセ革新を標榜している彼ら、見かけはざんぎり頭 、中身はちょんまげ頭、こころの文明開化は ほど遠い・・・

「人を裁くな」「汝の隣人を愛せよ」熊もんバンドたちのお説教をそのまんま襄の台詞に持ってきましたね。
襄の愛のリベンジは天然ですが、やはり夫婦ってどこか似ている。
この二人は、今の時代にこそ共感される理想的な男女の関係かもしれません。

襄の言葉がみんなの胸に、大切な何かを思い出させたようでした。
「目の前にいる人を愛すること、隣人を愛すること・・・学問を教えるだけでなく、こころを育てる学校です」

これは現在、私たちにも通じる台詞かと思います。





キャスティング今日のフィーチャー

徳富猪一郎(徳富蘇峰)を演じる中村蒼さん
1991年3月生まれ。福岡県出身。第18回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞。寺山修二原作による舞台「田園に死す」で主演デビュー。その後もドラマ、映画、舞台と幅広く活躍。2012年も舞台「熱海殺人事件NEXT~くわえ煙草伝兵衛捜査日記~」、ドラマ「息もできない夏」('12 CX)、「ブラックボード~時代と戦った教師たち~」('12 TBS)等、話題作へ相次いで出演。2014年2月公開の東京難民に主演している。

その中村さんが演じる、ちょっと気になる熊本バンドの最年少、徳富猪一郎氏、ドラマでその片鱗をちらつかせたように、明治のジャーナリスト界権威として君臨するのですね。しかしまあなんとも浮沈激しくドラマチックな生涯・・・さすがは八重と襄の教え子だけのことはありますね。(笑)

徳富猪一郎(徳富蘇峰)
評論家、歴史家。肥後藩郷士の子。熊本洋学校に学び、同志社英学校に移るが中途退学。その後熊本に戻り大江義塾を設立する。『将来之日本』(1886)で好評を得て上京、民友社を創設。『国民之友』『国民新聞』を発刊し平民主義を唱えた。その後、政界にも深く関与する。昭和4年(1929)国民新聞社を退き大阪毎日新聞の社賓となる。17年日本文学報国会・大日本言論報国会会長、18年文化勲章。敗戦後A級戦犯容疑者に指名され公職追放。27年『近世日本国民史』100巻を完成させた。


徳富猪一郎   中村01


ちょっとネタバレ♪気になる八重と徳富の関係
1890年(明治23年)1月23日、新島襄が死亡すると、同志社英学校時代に新島八重を「鵺(ぬえ)」などと批判していた徳富猪一郎(徳富蘇峰)は、新島襄の枕元で、新島八重に謝罪し、和解を申し出ます。
徳富猪一郎(徳富蘇峰)は「同志社以来、私は貴女に対して失礼な態度をとっていた。しかし、新島先生が逝かれたからには、貴女を新島先生の形見として接します」と言って新島八重に頭を下げ、2人は和解し、襄の死後40年近く、交流が続きます。徳富はまた、老後の八重の生活費まで面倒をみたと言われています。

中村蒼さんはインタビューで、
「猪一郎にとって、新島夫妻はすごく大きな存在だったんだろうなと感じています」とコメント。また、熊本洋学校から同志社英学校に転校した仲間である『熊本バンド』については「何度か共演した役者さんもいらっしゃるので、結束力はあります。熊本バンドがそろっているときは、僕自身も個人的に楽しいし、その中でも一定の緊張感があるので芝居をするのにいい雰囲気だと思います。こういう空間に役者として立てていることがうれしい」と喜んだそう。
最後に「歴史のある人物を演じるのは初めてなので、いつもと違った責任を感じています。何かを手本にしてとかではなく、自分が見た資料とか台本で感じた“徳富猪一郎”を演じていきたい。明治という時代を自らの力で前に突き進んでいく猪一郎の姿を見てもらいたいです」
と視聴者にメッセージを送っています。(yahooニュースより)





  八重の桜かると 鵺と呼ばれた八重

イケメンだけど、"過激"な転校生徳富猪一郎に「鵺(ぬえ)」とからかわれてしまった八重。
でも、ぬ、鵺!?
すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、ここで改めて鵺の解説を。

▽鵺(ぬえ) 平安時代に出現したとされる妖怪で「古事記」「万葉集」などに登場。「平家物語」ではサルの顔、トラの手足、ヘビのしっぽを持つとつづられている。「ヒョーヒョー」という気味悪い鳴き声を発するとされる。

襄を慕っていたジャーナリストの徳富蘇峰が名付け、「鵺(ぬえ)スタイル」と呼ばれた、着物に洋風の帽子、足元はブーツというファッションを披露した八重は、さまざまな動物の顔や胴体、手足や尾が組み合わさった妖怪;鵺にされてしまったようです。

鵺と呼ばれた八重


襄は、アメリカで目の当たりにしたクリスチヤン・ホームのような家庭をめざし、男女協同一致を理想としていました。そのため男尊女卑の風習が残る京都でレディーファーストを実践し、アメリカ式の夫婦関係を築いていきます。
襄が妻のことを「あなた」「八重さん」と呼ぶのに対して、八重は夫を「ジョー」と呼び捨てにし、また人力車に乗るときは八重が先に乗りこみました。しかしこのアメリカ式の夫婦関係は、当時の世間では受け入れられませんでした。そのため、八重は「悪妻」「烈婦」などと批判されます。
ある日、いつものようにレディーファーストで人力車に乗りこんだところ、八重の体重が重いせいで、ふたりの乗った人力車が後方に転倒してしまいます。新聞はこの事件を「耶蘇教(キリスト教)は普及しない。なせなら、新島襄は天に足を向けたから」と大きく報道。このニュースを見て、仏教界は勝ちどきを上げたといいます。
また八重は、同志社英学校の生徒たちから「鵺」(ぬえ)と呼ばれて嫌われていました。鵺とは顔は猿・胴体は狸・手足は虎・尾は蛇という妖怪で、八重が着物に西洋の帽子やハイヒールを身につけたため、「頭と足は西洋、胴体は日本で鵺のようだ」と批判したのです。また、「八重」と「鵺」という韻を踏んだ言葉遊びにもなっています。
このように八重はさまざまな批判を受けていましたが、まったく動じることなく、自分が信じる道を突き進んでいったのですね。




美雨のぷち・八重の桜紀行その⑮
    ~京都で極めるハンサムウーマンライフ~


いま日本は”ハンサムウーマン”に湧いていますね。
振り返ると、第1話から何度この言葉を耳にしたことでしょう。”ハンサムウーマン”は”倍返し”同様、流行語大賞になるかも?なんて楽しい期待を抱いている美雨です。
ただ、ハンサムウーマンとは、単に薙刀が強いとか、鉄砲に長けた男勝りという事でなく、もともと 時代を開くほどの女子力がある、という意味で使われている言葉です。

 それをはき違えて、目先のシーンばかり追ってしまう 視野の狭さから、長期的・大局的なものの見方ができず、稚拙なcriticが存在するのは寂しいことです。一地方小国の会津武家に生まれた少女が、男女の壁や伝統的な因習に負けず、時代のなかで周囲の人を支え、また自身も支えられつつ、八重は女性史という今の私達には不可欠な近代史にどれだけ関与したことでしょう。歴史とは、華々しい将軍御台所だけが作るものではありません。時代も違うなら、関わり方も違って当然ですが、直接歴史に関与していないから(間接的な関与でも十分寄与していますが)大河ドラマにならないと言うのであれば、最初からみる価値などない筈だし、見ても文句が出るだけなのどうして喜んで見るのか(文句を言うために?笑)あまりにナンセンスですね。
またそういう考えの人が勝手にハンサムウーマンという言葉を捻じ曲げて独り歩きさせてしまっているのではないかと思えるこの頃です。

京で極めるハンサムウーマンライフ


さて、それでは本題。その名も、ハンサム・ウーマンライフ。
伝統文化や伝統工芸の中心地である京都は、古くて新しい町です。
古いものを大切に守りながら、一方では新しいものを積極的に取り入れる大胆さのおかげで、
昔と今がうまく共存し、お互いを引き立て合っています。
こうした町だからこそ、この番組のキーパーソン「新島八重」は、自分らしい生き方を全うできたのかもしれません。
八重が第二の人生を描いていく京都で、八重のひととなりを偲べるような”八重さがし”を京の風景にしてきました。


新島邸キッチン('13年4月撮影)
新島邸キッチン

当時の京町家で一般的だった土間ではなく、床板を張った台所。左からかまど、流し、水甕、井戸と並ぶ。現代のキッチンと変わらない、時代を先歩取りした近代的な台所になっているのが特徴。


<時代を先取りした夫婦の暮らし>

合理的な暮らしを実践
 襄にとって理想の夫婦像は、アメリカで身近に接した夫婦のように、相互の人格を認め合う、お互いが対等な関係でした。八重も、夫の西洋的な考え方や行動をこだわりなく受け入れて、期待に応えるべく努力します。
そのころの家庭生活がしのばれる新島旧邸に残る台所は、当時一般的であった土間ではなく、床板をいっぱいに張り、その上にかまどや流しを置き、井戸も室内にあります。現代の台所とほぼ変わらない、このような合理的な造りにも,襄の妻に対する気遣いが感じられます。
しかし洋風住宅に住み、夫のことを「襄」と呼び捨てにし、洋装して夫と人力車に同乗する八重は、周囲の人から奇異の目で見られました。 しかし、八重は世間の非難に屈せず、夫に寄り添いながら、新しい時代の女牲の生き方を実践していったのです。


二階への階段(ふたつある階段)
ふたつある階段

新島旧邸は階段が2つあります。
1つは玄関からの主階段。この写真は書斎や食堂からの裏階段。
階段下は収納できる箱階段に。2階は、居間や寝室のプライベート空間(2階は保護のため、見学不可)。

さて、これは? (4月撮影)
新島邸トイレ
そう、トイレ。日本最初の洋式トイレではないかと言われています。

外国で見てきたものを試行錯誤して木で造ったとか。
腰高ですが・・・(笑)


❤ここから ざっと説明❤

八重のスイートホーム 新島旧邸
八重の住まい

新婚間もない明治11年(1878年)に建てられました。

スイートホーム 新島旧邸

ベランダが回っているコロニアル(植民地ふう)スタイル
趣味106 コロニアルスタイル
ヨーロッパの建築の様式をアジアの植民地に合うようにしたもの。

和に洋を取り入れた家

でも日本の場合は少し違う。
西洋のものを感じるけど、一つ一つの部分を見ていくと日本的です。

応接間

新島襄もスイートホームの設計に関与したのではないかと言われています。
京都の町家のいろんなセンスが入っていて、それを基本にして構成を
洋風に組み立てるとこんな風になるのでしょうか。

応接間
柱が露出した日本風の造り

普通西洋では柱を隠して建てるんですが、日本の町家でも見られるように柱が露出してますね。
ベランダも繋がっていて、窓も西洋風に開き窓になっています。


窓は西洋風の開き戸

同志社英学校と類似した作りも特徴
明治時代の新島旧邸

じっさい、八重の住まいは学校の教室や職員室、教会の集会室としても使われていて
八重と襄が学生たちと談笑したり、カルタ取りもしたと言われています。
応接間は生徒たちとのコミュニケーションの場でもありました。


八重が弾いたとされるオルガン
八重が弾いたといわれるオルガン
八重さん、本当に何でも出来ちゃうひとだったんですね。


デター!!
趣味119 寝室(2階)

2階の寝室
木製の枠に金属製のスプリングが組み合わされたベッド。
八重のベッドは少し低くなってます。
これは洋式生活が始めてという八重への襄の気遣いだとか。
素敵な夫婦関係だったんですね。

趣味121 八重のベッド

襄が使っていた書斎
趣味122 書斎

一番の特徴は、この日本の家屋にある障子を入れた欄間です。
家屋の全面に入ってるんです。
これがある種の明り取りになっています。
武家屋敷みたいですね。


欄間に障子を取り付けている
趣味123 欄間に障子を取り付けている

家具も貴重なものが多くてオリジナル家具が残っているのでは
ないでしょうか。それはどれかはわかりませんが、
洋館職人が造った、おそらく最初のころのものではないでしょうか。
襄が亡くなった後も八重は保存して思い出を大切にしていた。
八重の中でもここにいる襄の姿が印象的で大切だったのかもしれませんね。

趣味124 襄が使った書斎の机


襄と八重の関係もレディーファーストで人力車で乗ったり、ファーストネームで襄と呼んだりしたので、当時の人たちには不思議に思われていましたが、八重と襄の夫婦生活は対等で愛情深いものだったというのが窺われます。

京都という地は、江戸から明治にかけて活躍した自由民権思想の論客・岸田俊子や、
日本画家の上村松園を育んだ地。 
佐伯順子学術博士によれば、京都に住むと、今でも自営業や芸能等の世界で生き生きと活躍する”ハンサムウーマン”に多く出会える、という。

八重も多く伝播したであろう、京女たちの「女子力」はきっと、明治以来の新たな変革の現代を生きる私達に、力強いパワーを与えてくれることでしょう。


八重の桜 各話レビュー
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html


世界遺産 清水寺
清水寺mini
八重の風景を探しに、また京都に行きたいです❤


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MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

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神と呼ばれた男
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強力班
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風の国
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風の国あれこれ
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人生画報
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善徳女王
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