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ちょっとだけスピリチュアルな世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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大河ドラマ 八重の桜 第49回 「再び戦を学ばず」

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歴史ドラマ 八重の桜 第49回「再び戦を学ばず」

あの名作が帰ってきた!
平日 朝8:00~午前9:00 深夜1:15~深夜2:15(月~金、毎日放送)
制作年 2013年
制作国・・・日本  ジャンル・・・歴史ドラマ
総話数・・・全50話

49話の視聴率は12.2%。兄は願っていました・・・剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となせ、と。だけんじょ、日清戦争が始まってしまった・・・復興にむけて頑張る福島と東北に熱くエールを放つ大河ドラマ”八重の桜”残すところあと1話となりました。打たれても傷ついても力強く生きる八重と会津を最後まで応援していきましょう。

チャンネル銀河・八重の桜HP https://www.ch-ginga.jp/feature/yaenosakura/
八重49話表
八重の桜OP、BGMにドゾhttp://www.youtube.com/watch?v=6tDZC6aTUxA

八重の桜第49話あらすじ
明治24(1891)年、季節が梅雨を迎えるころ、八重(綾瀬はるか)は久々に同志社女学校に赴いた。教室内では、どこかで耳にした英文を、女学生が読んでいる。八重に気付いた教師のアリスが教壇から降りてきて、八重に「私たち宣教師も、新島校長の夢を受け継ぎます」と挨拶する。アリスは、生徒達に、襄が日本に帰国する前、アメリカで行った演説文を訳させていたのだ。 「ありがとう、アリス先生」八重が頼もしく手を握り礼を述べるが、アリスの顔はどこか曇っている。教室に空席が増えているのだ。
女学校同様、同志社英学校(男子校)もまた入学志願者が激減していた。条約改正交渉の行き詰まりが、西洋文化への敵愾心を煽り、国家主義的な気運の高まりとなって表れ始めていたのだ。特に、天皇への忠義を第一と課す「教育勅語」が、今度は自由な学問を縛ろうとしていた。「教育の名のもどに人を縛るごどは、あってはなんねぇが・・・」襄なきあと、同志社臨時総長となった覚馬(新島秀俊)も、これを危惧していた。

同じ頃、京都赤十字が発足し、八重は篤志看護婦人会の京都支部を手伝うことに。実習に集まった若い娘たちは戦の経験がなく、軽口をたたきながら楽しげに包帯を巻いている。あまりの緊張感のなさに、八重は戦の悲惨さを伝え、たしなめる。 そんな八重や覚馬のもとに、東京から健次郎(勝地涼)が訪ねてくる。健次郎は兄・浩(玉山鉄二)に代わって川崎尚之助(長谷川博己)の会津戦記を仕上げるために、京都でどのように薩長と戦っていたかを覚馬に詳しい話を聞く。しかし、覚馬が薩長にも勤王の志はあったと語り出す。「『大君の義、一心大切に忠勤を存ずべし』という、徳川への忠誠を第一に定めた御家訓の一条に、会津は縛られてしまった」と。すると健次郎も八重も激しく反論する。「会津には、義がありました!」対して「向こうも同じように思っていたろう」と、覚馬。
この年、同志社は13回目の卒業式を迎え、覚馬は卒業生たちに不戦の精神を説いた。「その剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となし・・・二度と再び、戦うことを学ばない。いかなるときも、諸君は一国の、いや、世界の良心であって下さい。それが、身をもって戦を知る、私の願いです」。こののち覚馬は学校運営を小崎に任せ、安堵したかのように病床につく。そしてその年の暮れ、 64歳の苛烈な生涯を閉じた。

「覚馬が、死んだか・・・」浩(大蔵)と健二郎の報告を受け、旧会津藩主・容保も静かに手をあわせる。その容保も病を得、咳き込みながら、亡き孝明帝の御宸翰(直筆の文)と御製(和歌)を取り出す。会津の汚名をそそぐ為に、会津が逆賊ではないというこのたったひとつの証を、悩みながらも世に出さなかったのは、御宸翰が再び戦の火種になることを恐れたからだという。「都での争いとは、すなわち、勅の奪い合いであった。勅を得た者が、正義となった」健次郎はふと、覚馬の言葉を思い出し「会津と薩摩・・・義は、どちらにもあった」と漏らし、大蔵に一喝されるが、容保はそれを認め「武士の忠節を貫き通した代わりに一国を滅ぼしたわしの過ちは、再び同じ道を辿らぬための戒めとなせ」と、御宸翰をふたりに託す。
 同年12月、容保の死を報じる新聞に目を落とした八重が「あんつぁまもお殿様も、みんな、いなぐなっつまった・・・」そう泣いていると、襄の声がきこえてくる。亡くなったものは、もうどこにもいかない。いつもそばにいて、貴女をささえている、と・・・。その言葉に力を得、八重は東京の大山邸に足を運ぶ。日清両国の開戦後、広島の陸軍予備病院に看護の派遣を決め、敵味方の区別なく救護する赤十字の看護を認めてもらうためだ。八重の篤い言葉にに大山は心を動かされ、仁愛の心をもって両国の傷病兵を労わるよう、全軍に訓示すると約束するのだった。

・・・ということで、次回は最終回(第50話)「いつの日も花は咲く」です。




八重の桜第49話ぷち・ギャラリー

「私は学校を作りたい。それが私の夢・・・苦しむ人々への光は権力や物ではない。真の教育です。」新島襄
八重4901
アリス「これは我が校を作ったニイジマ・ジョーが日本に帰国する際に行った演説です」
アリス「八重さん・・・私たちも新島校長の夢を受け継ぎます。」
八重4902
軋轢を乗り越え、絆を深めた二人 「ありがとう、アリス先生」

<「教育勅語」というあらたな試練>
教育勅語か。教育の名のもとに人を縛るようなことがあってはなんねぇ。
八重4903

<赤十字で、戦争を知らない若い婦人たちに看護婦としての心得を説く八重>
八重49話の2
しっかり学んでくなんしょ。私たちの武器は知識だけなんだから。

<訪ねてきた健次郎 会津守護職始末の執筆のために覚馬に意見を>

勤王の志は、薩長も持っていた・・・西郷、木戸、彼らにも思い描く日本の見取り図はあった
八重4905
会津には、戦をせず、国を滅ぼさぬ道もあった筈なのだ
健次郎「繰り言など聞きたくない・・!覚馬先生は会津魂を忘れてしまったのではありませんか?」
八重4919
覚馬「誠意を尽くすことは尊い。だが、それだけでは人を押しつぶす力をはねかえすことはできねぇ。」

<同志社の真新しい校舎を案内する八重>
去年出来た、ハリス理化学館です
八重4906
アメリカの実業家の寄付のおかげで、建てるごどが出来たのです
健二郎「いい道具をそろえましたね」
八重4907
八重「ジョーと訪ねた健次郎さんの研究室を手本にしました」

<言い過ぎたと反省した八重>

兄つぁまは、学問が武器だと言った・・・学問すれば、答えがみつかると。
八重4908
わだすはあきらめねえ・・・兄つぁま、誰よりも先を見て、もっともっと教えてくなんしょ。

<卒業生たちに、贈る言葉>
どうか弱い者を守る盾となってください。今世界が力いを競い合い、日本は戦に向けて動き出した。
八重4909
どうか聖書の一節を心に深く刻んでください。
「その剣を打ち変えて鋤となし、槍を打ち変えて鎌となし・・・二度と再び、戦うことを学ばない。」
いかなるときも、諸君は一国の、いや、世界の良心であって下さい。
それが、身をもって戦を知る、私の願いです

<やっと荷をおろした覚馬>
やっと帰れんなぁ。みんなが待ってんべ。
八重4910
母上、八重、戦を生き延びて、よく京都に来てくれた・・・
二人がいてくれたから、オレは会津の男として生きてこられた。
八重4911
ありがとなし

<容保、最期の願い>
二人に託したいことがある・・・帝より賜った御宸翰と御製じゃ
八重4912
これだけが会津が逆賊でないことのただひとつの証。
浩(大蔵)「御宸翰・・・!開城の折に失われたものと思っておりやした。」
ははーっ!!
容保「いつか、これを世に出してくれ」
会津がいかに誇り高く戦ったかを訴え、死んでいった者たちの名誉を回復せよ
八重4913
ただし、再び同じ道を辿らぬよう、戒めとしてそなたたちに託したい。わしの最期の願いじゃ

<兄つぁまも、お殿様も、みんな、いなくなっつまった>
うっ・・ううっ・・うっうっ
みんな・・・いなぐなってしまった
ヒュウゥゥゥ~~   ゴォォォォォ~~~          
ゴォォ~ 急に風が・・・
八重さん、何を泣いているのですか?
・・・・!?
八重さん、何を泣いているのですか?
ジ・・ジョー!?
亡くなった人は、もうどこへも行きません
亡くなった人は、もうどこへも行きません
あなたが幸せであるように・・・強くあるように・・・
あなたのそばにいて、あなたをを支えています
八重さん、何を泣いているんですか?
あなたが幸せであるように・・・強くあるように・・・
ジョーのおてて
ジョー・・・!!
八重4921
「う・・ううっ・・・ありがとう・・ありがとなし」
八重4914
肩に残る襄のぬくもり

<しかし、また戦争が始まり、八重は・・・>
八重49の3

<赤十字京都支部代表として大山巌に直談判>
わかった・・・!敵なればとて傷を受くるか、病にかかりたる者いたわり救うは人の常なり。
八重4915
仁愛の心をもって対すべし!全軍にこげん訓示しよう
では、行こか、八重さん。「はいっ!」
はいっ




八重の桜、こんなところが好き!感想

「おめでとう、襄」
ハリス理化学館の完成を、見ずして逝った襄に、花束を添え語っているのでしょうか
ご機嫌な八重です。

しかし八重たちの行く道、いつも前途多難なのは変わりなく・・・
以前は自由民権運動さわぎが布教を滞らせ、今度は教育勅語が同志社の自由な学問の精神を縛る。
加えて、八重をとりまく人々が、次々と他界していきます。

山本覚馬の永眠。
八重を常に一歩前から導いてくれました。
同志社の土地をはじめ、物理的・精神的側面双方から支えてくれました。

松平容保公の永眠。
薩長は勝ったから官軍であり、
会津は逆賊ではなく、義があったことを託してくれました。

幕末の戦争を知る人々が次々といなくなるのは 寂しいものです。
とりわけ覚馬は、このドラマの核となった人物と言っても過言でなく、八重にとっても 大きな存在でしたね。

思えば、天道遡源でつながった新島襄と奇跡的な出会いを果たし、キリスト教の精神を身につけた覚馬こそが、 同志社の創立に貢献した立役者ですね。

襄の代わりに、同志社卒業生に贈った言葉は イザヤ書 2章4節の
「彼らはその剣を打ち変えて鋤となし、その槍を打ち変えて鎌となし,国は国に向かいて剣を上げず、もはや戦いのことを学ばざるべし」からの引用と思われますが、「かつて私は京の街を焼き、故郷の会津を失いました・・・いま日本は又戦に向かい、動き出している。どうか諸君は二度と再び、戦うことを学ばない・・・」は衝撃的でした。

この演説はまた、
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という、覚馬たちと同時期にプロイセンで活躍した宰相ビスマルクの言葉を思い出させます。

余談ですが、プロイセンといえば、戊辰戦争直前の長崎留学時代に、プロイセンの武器商人レーマンと契約した、チュントナーデル銃、1000挺は、どうなってしまったのでしょう?
契約違反に厳しい欧米商人の世界、斗南において尚之助は会津を助くため裁判を潔しとし、命を削りましたが、覚馬はそれを”ゆっくりと時間をかけた戦死”と言っていました。その覚馬も、いつ訴えられてもおかしくなかった立場です。
銃を買い付けた「長崎からの贈り物」の回は、失明のときを畏れて 苛立っていた覚馬が、神保修理の「 眼だけでなく五体を全てをかけて世に尽くせること、銃を知る覚馬の手と魂を世の為に使って欲しい」という心に響く言葉によって、立ち直った回。また、心の教養を経て ひとは国境を越え友情を培えるのだと言う伏線が張られた回でもあったので、その辺のところも、できれば納得のいくように何かしら小さなエピソードを添えて欲しかったですね。

しかし、驚きますね。
覚馬と容保が全く同じことを考えていたなんて、不思議なシンクロニシティ―。
「会津には、戦わずして辿るべき別の道もあったかもしれない」
最も薩長が憎いのは、この二人の筈なのに、もう、ひとつ上の次元から日本を見据えている。

容保「武士の忠義を貫き通したかわりに、わしは会津を死地においやった」
対して
「いえ、あの時徳川を見捨てていたら、まことの武士などいなかったことになります・・!」

浩のこの言葉でハッとしましたが、おなじくヒロシの名を持つ黒鉄氏が、松平定知氏の番組『その時歴史が動いた』で語ったという、「武士を代表して戦った会津の美学」を思い出しました。
最も期が熟したときと思われる今、ちょっと長いけれど、じつに正鵠を射ているので、そのまま引用してみます。

「司馬遼太郎さんがある対談の中で、この会津があったからこそ、我々は、日本人をちょいと信用できる」と発言されたが、まったく同感です。これが(慶喜のように)何事もなく恭順、ということになると、なにか寂しい。会津にとっては大変な不幸でしたが、でも、会津が武士階級を代表して戦ってくれたんです。武士階級の鬱々たるものを一気に引き受けて晴らしてくれた。会津はわかっていたんです。わかりながらも、どんどん自ら袋小路のほうへ行く。その精神性のなかに、何か『日本的なものの景色』があるような気がします。そこに我々日本人は、アナクロでない感動的なものを見る思いがあります。同時に、歴史の残酷さも」

この語りのなかにある『日本的なものの景色』は、覚馬の言った「二人がいてくれたから、オレは会津の男として生きてこられた」とも本質を同じくする思想ではないでしょうか。

「弱きを助け、強きをくじく・・・」その言葉通り、生涯ぶれずに、弱者の側、市民の側に立って会津魂を貫いた人。これだけの人物でありながら、兄つぁまの最期のことば「やっと帰れる」が、あまりに切ない・・・「会津は今頃雪だべか」では、思わずもらい泣き。
知人からのたよりでは、ほんとに会津はいま、雪が降っているそうです。

最後に、われらが八重さん。
もう、襄はどこにもいかない。いつもそばにいて、八重を支え続けてくれる・・・
揺るぎない愛が、いつも八重を包んでいるから、どんなときも前を向いて強く生きてゆけるんですね。

「けど、戦は始まってしまった。私はできることをやる」
会津の戦の時は、それが銃を構えることでしたが、今回は、「敵も味方も助ける」八重です。
大山さんの言葉も、それを聞いて力強く頷いた八重の凛とした笑顔も超一級品。

激動の時代を共に生きた人々が次々と姿を消していっても八重は常に歩み続けている。
本当に八重こそ会津そのもの。
八重の様な日本女性がいた事を誇りに思います。

思えば、今日は真珠湾攻撃の日。
奇しくも八重の桜では日清戦争が取り上げられていて、こちらも、感慨深いものが。


「八重の桜」もあと1回を残すのみとなりました。(涙)
最終回をしっかり目に焼きつけたいです。




 八重の桜第49回かると 
       宸翰・御製のゆくえと『京都守護職始末書』のこと


照姫さまとの最後の邂逅にあって、その存在を熱く語っていた容保。
かつて容保が孝明天皇から下賜された「御宸翰(ごしんかん)」、これこそが、会津が逆賊でないことの証。それをなぜ容保は公開しなかったのか…。会津藩主として、容保が家臣に託した最期の思いとは?

八重49の5
国を失う痛みは、会津が一番よく知っている

実在した宸翰・御製
宸翰・御製01

ついに、渡されましたね。
ひとつ間違えば、世をゆるがしかねない、新政府側にとっては、爆弾のような「しろもの」です。
あの戊申戦争のどさくさの中、容保が敵の目をかいくぐって持ち運んだのでしょう、いつも肌身離さず(お胸にでも入れて?汗)守っていたのか、その苦労が偲ばれますね、殿、Good Job!です。
会津側にとっては、逆賊などではないと証明できる切り札であり、最重要機密文書に匹敵する「御宸翰&御製(ごしんかん、ぎょせい」美雨もそのゆく末がとても気になっていました。
照姫の前でも、容保公は「いずれふさわしき時が来るまで、秘しておかなければ」と慎重にしていましたが、さすが聡明な殿の言う通りで、切り札は出すタイミングを間違えると敵に悪く利用されてしまうもの。
それが山川浩(大蔵)と健次郎兄弟に手渡されたのは、明治24年、おりしも覚馬が天に召された年でした。「会津がいかに誇り高く戦ったか訴え、死んでいった者達の名誉を回復してほしい」遺言ともいえる願いを託し、容保も又その2年後、昇天します。

明治になり弟の健次郎と会津の名誉回復運動を展開、「京都守護職始末」を執筆。
      山川大蔵    大蔵(山川浩)の著した京都守護職始末
           山川 浩

タイミング・・・遅すぎても早すぎてもいけない。それは”天の時”を見定めるのも同じ作業です。 山川浩の著した『京都守護職始末」』で、孝明天皇が松平容保に与えたご宸翰が明らかとなり、原稿の段階で明治政府は発行を見送らせたというから、なんとも理不尽な話。
力尽きて浩が逝き、この仕事は健次郎に引き継がれますが、もとを辿れば尚之助のライフワーク。客観的に幕末と戦の動向を視ることが出来た他藩人の尚之助だから書き得た、会津顛末記の雛型です。ここに一途な男たちの綴り重ねた”もうひとつの歴史の真実”を見ることが できますね。

尚之助の『会津戦記』は実在したものかどうかは別として、このモチベーションは最高の演出です。
尚之助の遺稿を覚馬に渡されたときから、恩を返せなかった負い目から 浩(大蔵)に残された命は、かの『京都守護職始末』執筆に注がれた、という胸熱くなる道筋です。
そのほかに、浩が急いだ理由があるとすれば、政府が作った『復古記』に対してでした。王朝復古史観が基調となっており、薩長の明治維新功労者を顕彰するため編纂されたもので、会津が逆賊として扱われていたからです。
 結局『京都守護職始末書』が世に出たのは没後13年経過した明治44年のことで、故人の意思を継いだ弟の健次郎が発行しています。

この本は幕末の会津藩が辿った義の道を後世に伝えてくれています。


容保が終生大切に保管していた 孝明天皇の御製;和らくも
宸翰・御製02





今日のフィーチャーさようなら あんつぁま

京都の教育・産業・医療とあらゆる分野に大きな影響を与えてきた覚馬。再び戦を起こさぬために、今できることは何なのか――。最期のときまで国やふるさとを思い、皆に進むべき道を示そうとした、偉大なるあんつぁまは、幼いときから八重の憧れであり、かつ最大の後ろ盾でした。八重の人生の節目には、必ずこの兄が関わっていたような・・・八重の大好きなあんつぁまを演じた西島秀俊さんですが、拙ブログでは まだちゃんと紹介していなかったような。(汗)
・・・ということで、あらためて西島さん紹介と雑誌インタビューを載せてみます。

八重4916

<西島秀俊:にしじまひでとし>
1971年生まれ、東京都出身。94年の「居酒屋ゆうれい」で映画デビュー。その後も映画やドラマを中心に、幅広く活躍。主な出演作に、ドラマ「チームバチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋」「ダブルフェイス」、映画「ニンゲン合格」「Dollsドールズ」「ストロベリーナイト」など。NHKでは、「純情きらり」「ジャッジ~島の裁判官奮戦記」など。大河ドラマは、「毛利元就」以来の出演。

覚馬02a 覚馬03


西島秀俊が語る山本覚馬 「晩年は、 清濁併せのむ人物として」

維新後、教育を近代化の柱としたかった賞馬にとって、八重は夢を託せる理解者であり、体が不自由な自分に代わる実践者でもあったと思います。 やりがいのある使命を与えることで、会津戦争で負った心の傷を癒やしてやりたいという思いっもあったかもしれません。
賞馬の府政指導は、教育にとどまらず、病院建設や万国博覧会の開催、鉄道の敷設などにも向けられたそうです。殖産計画を推進した「舎密局」からは、さまざまな事業が派生し、中には現存している企業もあって、覚馬の足跡を知れば知るほど驚かされます。もともと会津にいたときに蘭学所をつくったり、京都に移ってからも洋学所を構えたりと、チャレンジする人でしたが、視力や脚力を失ってなお意欲は衰えず、むしろ府政に携わって以降に、才能を開花させた印象があります。
新島襄の同志社運営も、縁の下で支えます。襄は、清らかな心をもってキリスト教に基づく教育理念を揚げました。ただ、そうした美しいものだけでは形にならないこともあったはず。そこを覚馬が引き受けて、槇村正直と駆け引きしながら軌道に乗せていったのではないかと想像しています。僕がイメージする覚馬の晩年は、清濁併せのむ、本当の意味での大人。やみくもに理想に突き進むのではなく、現実的にものごとを進めていく、そんな強さを描いていけたらと思っています。
覚馬については、「管見」をめぐる横井小楠や西周(にしあまね)とのつながりなど、個人的に興味を深めたこともありました。
幕末の識者の構図を新たな視点で見ることができたんです。作品化されたら面白いと思うし、見てみたい。とにかく覚馬という魅力的な人物と向き合えたこの1年は、僕の財産です。


新島襄校長が「同志社の精神」と讃えた礼拝堂で、卒業生に言葉を贈った覚馬
八重4917

「弱を助け強を挫き 貧を救ひ富を抑ゆるものは誰れそ」
八重4918
ひたむきに正義を貫く覚馬の想いが窺える


美雨のぷち・八重の桜紀行その⑰
    覚馬の偉業をたずねて、京都疏水を巡る


近代化の先駆者・覚馬の夢とロマン・・・京と琵琶湖が疏水で結びついた 

覚馬が明治12年に京都府議会の初代議長に就任し、とりかかった京都復興の最大の課題、琵琶湖疏水の実現。
第三代京都府知事の北垣国道、技術者の田邊朔朗と力を合わせ、琵琶湖疏水建設を推進します。
京都にとって、琵琶湖の水を引くことは昔からの夢であり、豊臣秀吉以来の為政者たちが果たせなかった夢でもありました。

琵琶湖疏水記念館


じっさい、疏水工事は明治18年(1885)6月に着工するも、当初から周辺では完成が危ぶまれていました。しかし、近代土木事業は外国人技術者に頼っていた時代にもかかわらず、彼らの手は一切借りず、全長20キロに及ぶ工事は数々の難関を乗り越え、明治23(1890)3月に完成、開通しました。
奇しくも、襄が亡くなった年ですね。
目から光を失っても、その完成に立ち会えた覚馬は感無量だったことでしょう。

今も脈々と琵琶湖の豊かな水を京へ運ぶ琵琶湖疏水の水路閣や、斜面に船を往復させるための傾斜鉄道である蹴上インクラインは、彼らの偉業をいまも伝えています。


南禅寺にある水路閣 
南禅寺にある水路閣 セゴビアの水道橋を彷彿とさせますね
ローマ時代の、セゴビアの水道橋なんかを彷彿とさせますね

この水道橋を見ると明治のひとたちの叡智を感じます 
この水道橋を見ると明治のひとたちの叡智を感じます 加えて凄いパワースポットですよここは!
加えて凄いパワースポットですネここは!
橋の上はこのようになっています
橋の上はこのようになっています 流れが結構速いんですね もちろん今もフル機動
流れが結構速いんですね お魚もいっぱい泳いでいます^^ もちろん今もフル機動
水道橋はつながっています 
水道橋はつながっています こうして命の水を運んでいるんですね
こうして命の水を運んでいるんですね"
出口
いまもごうごうと水音を湛えて、京都市民の喉を潤している琵琶湖疏水
いまもごうごうと水音を湛えて、京都市民の喉を潤している琵琶湖疏水
視聴覚室では、琵琶湖疏水の歴史やなりたちを学べるビデオも 案内人のぷち朔朗博士がカワイイ
視聴覚室では、琵琶湖疏水の歴史やなりたちを学べるビデオも 
美味しいお水もいただけました。もちろん疏水を通ってきた水ですね?ありがたや・・・ありがとなし♪
船を曳いた蹴上インクライン
蹴上インクライン


計画と実行力だけでなく、覚馬ら先駆者たちの夢とロマンが
琵琶湖疏水開通という偉業を成し遂げたのですね。
琵琶湖疏水完成後は、八重もその美しいアーチ型の水路閣を見に
南禅寺界隈を散策したことでしょう。



「八重の桜」各話あらすじ&感想
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html


新島邸より 道行く人にクリスマスのプレゼント 
アイアイさんが下さった写真
がんばるふくしまと日本全国にむけてのエール”絆” (同志社の方からいただきましたm(__)m



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プロフィール

MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

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善徳女王
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