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2013.10/25 [Fri]
ロワールは国のまほろば オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク
ロワールは国のまほろば オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク

救国の女戦士、ジャンヌ・ダルク。
フランスではもちろん、日本でも大変人気が高いのは何故だろう。
義のために戦う女性達を~のジャンヌ・ダルクとなぞらえる例のなんと多いこと。
今年のNHK大河でもおなじみ、新島八重も、幕末のジャンヌ・ダルクと讃えられた救国の女戦士。
こちらは、時代の趨勢に勝てず負け戦でしたが、負けて女性を武器にして命乞いせず、自ら男性としてお縄になり 捕虜となることを潔しとした八重の姿勢は、凛として自分の血を神とフランスに捧げたジャンヌの魂と重なります。
八重においては「会津は国のまほろば」ですが、
ジャンヌに置き換えれば、さしずめ「ロワールは国のまほろば」と云えましょう。
麗しきロワールは、ジャンヌ・ダルクの時代、まさにフランスの心臓部ともいえる要衝でした。
フランスの宝石と讃えられる緑織りなす山河と名城の美しいロワールですが、反面、血なまぐさい宗教戦争の舞台としても有名ですね。
そこいらへんも、八重の祖国である会津の性質と重なりますね。
美しい国や城ほど、悲しい歴史や人々の慟哭が石組みの漆喰のひとつひとつに嵌めこまれている気がします。

オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク 会津のジャンヌ・ダルクと謳われた 新島八重
八重の育った、頑固で厳しい気風の会津藩、孔子の教えを民の大義とし、プライドとエスプリを重んじるお国柄。
対比するに、真の「フランス的エスプリ」も、優雅なムードに流されることではなく、実は厳しい批判精神によって支えられています。
また長い歴史の教訓を学んで背負うことでもあります。さらに、度重なる侵略(近代ではドイツとの戦争)を受けて、フランス人としてのアイデンティティーを問われる経験をしていることも、その背景にあると思われます。
ちなみに、古代ローマ以前のフランスは、ガリア人と呼ばれたケルト系の原住民が住んでいた土地です。当時のオルレアンは、ドルイドの中心の一つで、ローマ・カエサル軍に対するガリア人の抵抗の拠点となった場所でもありました。

カエサル自身が著した『ガリア戦記』
ロワール地図

シャンソン好きの友人に「オルレアンの乙女」という歌を教えて頂きました。
テーマはもちろんジャンヌ・ダルク。すぐに聴いて、歌詞も読みました。
力強いミレイユの声と凛々しい姿に感動しました。
それは、1429年、百年戦争の末期のお話。
中世のイギリスとフランスは、しばしば王家の婚姻関係で結ばれていました。
当時のヨーロッパは戦国時代の真っ只中。仁義なき国盗り合戦の中で、フランスは国内の混乱と弱体に乗じて進駐してきたイギリス軍の攻撃を受けます。もしオルレアンが陥落すれば、祖国が奪われるという危機の中で現れたのが、貧しい羊飼いの娘ジャンヌ。イギリスに蹂躙されていたフランスの国土を奪還解放するために、甲冑を着て、自ら軍を率いて活躍します。
まず、シノン城でシャルル王太子と謁見。オルレアンの攻防戦では対岸の要衝ル・トゥーレル砦を攻めてイギリス軍を駆逐して勝利を収め、一躍英雄となります。命を賭けて王権を救い、ランスでシャルル7世の戴冠を成し遂げるのですが、敵軍に捕らえられてしまいます。手柄を横取りされたと恨む将軍たちも、王も何ら手を打たずに黙殺。そして1431年、ルーアンでの異端裁判の結果、火あぶりとなって、19歳の若さで処刑されてしまうのです。
オルレアンの周辺地域は、19世紀にプロシアが侵入してきた普仏戦争、第一次大戦と第二次大戦の時にも、ドイツとの間に激しい攻防戦が行なわれたフランスの心臓部。
ロワールを守ることはフランスを守ることでもありました。
これは、国の存亡の危機に際し、フランスに命を捧げたジャンヌを讃えると共に、祖国への思いを歌った愛国歌と言えましょう。

ジャンヌ・ダルク
オルレアンの乙女 La Demoiselle d´Orleans
貴方を情熱的に見つめている
貴方のことを長く聞きおよび
貴方の希望も涙も知っている
私はオルレアンの乙女
モントレールからアングレームまで
シャルルヴィルからシャルルロワまで
貴方への愛をお受けください
でも貴方はもう私を顧みない
高貴な貴婦人たち
親愛なる紳士たち
私はジャンヌ
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
ミレニアムが終わる前に
もし何の声も挙がらないなら
そのうち法律も外国語で
書かれてしまうでしょう
シャルル王のための祈りは
英語の「神は王を救う」ではない
故郷の丘の家では
フランス語を話す
高貴な貴婦人たち
親愛なる紳士たち
私はジャンヌ
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
貴方を熱狂的に見つめている
貴方のことを長く聞きおよび
貴方の希望も涙も知っている
私はオルレアンの乙女
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
オルレアンの乙女 歌)ミレーユ・マチュー(前半)
La demoiselle d'Orléans Mireille Mathieu
歌詞の中の「シャルルヴィルからシャルルロワ」(どちらも地名)の一節が
「町のシャルルから王のシャルルへ」という意味の掛け詞になっているのが面白いです。
オルレアンの少女、哀しみを湛えた素晴らしい詩ですね。
でも、やはりフランス語で聞いたほうがもっと良いと思いました。
歌謡曲で、こんな(日本で言うなら)古典をとりあげて、流行歌にしてしまうのはマチューの魔法なのか、フランス人のお国柄なのか...こんなところにこそ真のフランス的エスプリを感じてしまう。
また、この力強い、砲弾のような鼻濁音のしらべに、もうひとりの会津のジャンヌ・ダルク新島八重の、鶴ヶ城陥落直前の、担え銃(になえ-つつ)姿を連想してしまうのは、自分だけでしょうか。
美雨
❤最後まで読んでくれてありがとう❤

オルレアンの少女より
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救国の女戦士、ジャンヌ・ダルク。
フランスではもちろん、日本でも大変人気が高いのは何故だろう。
義のために戦う女性達を~のジャンヌ・ダルクとなぞらえる例のなんと多いこと。
今年のNHK大河でもおなじみ、新島八重も、幕末のジャンヌ・ダルクと讃えられた救国の女戦士。
こちらは、時代の趨勢に勝てず負け戦でしたが、負けて女性を武器にして命乞いせず、自ら男性としてお縄になり 捕虜となることを潔しとした八重の姿勢は、凛として自分の血を神とフランスに捧げたジャンヌの魂と重なります。
八重においては「会津は国のまほろば」ですが、
ジャンヌに置き換えれば、さしずめ「ロワールは国のまほろば」と云えましょう。
麗しきロワールは、ジャンヌ・ダルクの時代、まさにフランスの心臓部ともいえる要衝でした。
フランスの宝石と讃えられる緑織りなす山河と名城の美しいロワールですが、反面、血なまぐさい宗教戦争の舞台としても有名ですね。
そこいらへんも、八重の祖国である会津の性質と重なりますね。
美しい国や城ほど、悲しい歴史や人々の慟哭が石組みの漆喰のひとつひとつに嵌めこまれている気がします。

オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク 会津のジャンヌ・ダルクと謳われた 新島八重
八重の育った、頑固で厳しい気風の会津藩、孔子の教えを民の大義とし、プライドとエスプリを重んじるお国柄。
対比するに、真の「フランス的エスプリ」も、優雅なムードに流されることではなく、実は厳しい批判精神によって支えられています。
また長い歴史の教訓を学んで背負うことでもあります。さらに、度重なる侵略(近代ではドイツとの戦争)を受けて、フランス人としてのアイデンティティーを問われる経験をしていることも、その背景にあると思われます。
ちなみに、古代ローマ以前のフランスは、ガリア人と呼ばれたケルト系の原住民が住んでいた土地です。当時のオルレアンは、ドルイドの中心の一つで、ローマ・カエサル軍に対するガリア人の抵抗の拠点となった場所でもありました。

カエサル自身が著した『ガリア戦記』
ロワール地図

シャンソン好きの友人に「オルレアンの乙女」という歌を教えて頂きました。
テーマはもちろんジャンヌ・ダルク。すぐに聴いて、歌詞も読みました。
力強いミレイユの声と凛々しい姿に感動しました。
それは、1429年、百年戦争の末期のお話。
中世のイギリスとフランスは、しばしば王家の婚姻関係で結ばれていました。
当時のヨーロッパは戦国時代の真っ只中。仁義なき国盗り合戦の中で、フランスは国内の混乱と弱体に乗じて進駐してきたイギリス軍の攻撃を受けます。もしオルレアンが陥落すれば、祖国が奪われるという危機の中で現れたのが、貧しい羊飼いの娘ジャンヌ。イギリスに蹂躙されていたフランスの国土を奪還解放するために、甲冑を着て、自ら軍を率いて活躍します。
まず、シノン城でシャルル王太子と謁見。オルレアンの攻防戦では対岸の要衝ル・トゥーレル砦を攻めてイギリス軍を駆逐して勝利を収め、一躍英雄となります。命を賭けて王権を救い、ランスでシャルル7世の戴冠を成し遂げるのですが、敵軍に捕らえられてしまいます。手柄を横取りされたと恨む将軍たちも、王も何ら手を打たずに黙殺。そして1431年、ルーアンでの異端裁判の結果、火あぶりとなって、19歳の若さで処刑されてしまうのです。
オルレアンの周辺地域は、19世紀にプロシアが侵入してきた普仏戦争、第一次大戦と第二次大戦の時にも、ドイツとの間に激しい攻防戦が行なわれたフランスの心臓部。
ロワールを守ることはフランスを守ることでもありました。
これは、国の存亡の危機に際し、フランスに命を捧げたジャンヌを讃えると共に、祖国への思いを歌った愛国歌と言えましょう。

ジャンヌ・ダルク
オルレアンの乙女 La Demoiselle d´Orleans
貴方を情熱的に見つめている
貴方のことを長く聞きおよび
貴方の希望も涙も知っている
私はオルレアンの乙女
モントレールからアングレームまで
シャルルヴィルからシャルルロワまで
貴方への愛をお受けください
でも貴方はもう私を顧みない
高貴な貴婦人たち
親愛なる紳士たち
私はジャンヌ
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
ミレニアムが終わる前に
もし何の声も挙がらないなら
そのうち法律も外国語で
書かれてしまうでしょう
シャルル王のための祈りは
英語の「神は王を救う」ではない
故郷の丘の家では
フランス語を話す
高貴な貴婦人たち
親愛なる紳士たち
私はジャンヌ
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
貴方を熱狂的に見つめている
貴方のことを長く聞きおよび
貴方の希望も涙も知っている
私はオルレアンの乙女
それを思うと
心は凍りつく
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
フランスに
血と自由を捧げた
私は忘れられた
オルレアンの乙女 歌)ミレーユ・マチュー(前半)
La demoiselle d'Orléans Mireille Mathieu
歌詞の中の「シャルルヴィルからシャルルロワ」(どちらも地名)の一節が
「町のシャルルから王のシャルルへ」という意味の掛け詞になっているのが面白いです。
オルレアンの少女、哀しみを湛えた素晴らしい詩ですね。
でも、やはりフランス語で聞いたほうがもっと良いと思いました。
歌謡曲で、こんな(日本で言うなら)古典をとりあげて、流行歌にしてしまうのはマチューの魔法なのか、フランス人のお国柄なのか...こんなところにこそ真のフランス的エスプリを感じてしまう。
また、この力強い、砲弾のような鼻濁音のしらべに、もうひとりの会津のジャンヌ・ダルク新島八重の、鶴ヶ城陥落直前の、担え銃(になえ-つつ)姿を連想してしまうのは、自分だけでしょうか。
美雨
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