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美雨の部屋へようこそ

ちょっとだけスピリチュアルな世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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スペイン、ハポン村の人々と天皇陛下の短歌 ~伊達家家臣;慶長使節団の子孫はいま~

スペイン、ハポン村の人々と天皇陛下の短歌 
            ~伊達家家臣;慶長使節団の子孫はいま~


アンダルシアの地元紙、Diario de Sevilla に掲載しされた記事。
スペインの友人から知らされた、心あたたまるニュースであり、記録しておきたい。
皇太子当時の陛下がお詠みになった短歌が、コリア・デル・リオで話題になり、ネット上でもハポン村を駆け抜けたそう。
皇居で行なわれた恒例の歌会始、その年のお題は「人」。


皇太子さまの


皇太子さま
 スペインの小さき町に響きたる人々の唱ふ復興の歌
  En pequeño un pueblo de España
  resuenan con emoción los canticos de su gente,
  la canción por la reconstrucción.

以前、日記でもとりあげたが、天皇陛下が皇太子時代にコリア・デル・リオをご訪問なさった時に、視察した小学校で、生徒たちが日本の震災復興ソング「花は咲く」を歌って迎えてくれた様子を思い浮かべて詠んだものと思われた。

慶長遣欧使節のスペイン到来を契機とした日西友好400周年の式典のために、皇太子様はスペインの各都市、マドリッド、サラマンカ、セビーリャ、サンチアゴ・デ・コンポステーラを歴訪されたが「最も印象に残ったのは、コリア・デル・リオ」であったとコメントされたと聞いた。
400年前、慶長使節団が偶然にもスペインにまいた種は、アンダルシアに根付き、ハポン(日本)村という大輪の花と咲いた。そのスペインにまたも栄誉を与えた皇太子(当時)さま。一句、一首のもつ重さと大きさを、しみじみと感じる。



左)、慶長使節団の支倉常長
支倉常長     グァダルキビル河沿いに建つ支倉常長像 おあつらえつきにトリイまで!ここスペイン??
右)グァダルキビル河沿いに建つ支倉常長像 おあつらえ向きにトリイまで!ここ本当にスペイン??


日記の趣旨から少し脱線してしまうが、慶長遣欧使節団について少しふれてみたい。
 
今をさかのぼることおよそ400年の昔、1613年10月28日(慶長18年9月15日)宮城県牡鹿半島の月の浦を、遣欧使節団が出帆した。支倉六右衛門常長を筆頭とする総勢180人余の一行は、太平洋を大きく横断してメキシコを経て、イタリアのローマに向かった。船の名は、サン・ファン・バウティスタ号。[写真下]日本人の手で初めて作られた500トンの洋船だった。
彼らは、野望をもつ仙台藩主・伊達政宗の命を受け、メキシコ、スペイン、イタリア、そしてバチカンと旅したわけだが、遣欧使節の最後は、惨憺たるものであった。
伊達政宗公の命令を全うする手段として彼らはスペインで洗礼を受け、クリスチャンとなったが,出帆から7年後に日本に戻った時は、伊達は政争に敗れ、すでに厳しいキリシタン禁教令下にあったのだ。そのため、常長の帰国後、彼がどこに住み、どのような日々を送っていたのはいまだ全く謎なのである。しかし、彼の死後、一家から多くのクリスチャンが現れている。
また、遣欧使節団のなかには、そのままスペインに残った人々がおり、現地の娘と結婚した彼らの子孫1500人が暮らしている。その名も「ハポン;日本」さん・・・歴史を感じますね。


400年前にスペインに渡った支倉常長の使節団の子孫である、日本をさすハポン姓の人たちと
皇太子さまとコリア村の人たち
懇談する天皇陛下=スペイン・セビリア(皇太子時代)

ハポン(Japon)!ハポン(Japon)!と、ナルヒト!ナルヒト!コールの嵐 (って呼び捨て?^^;
ナルヒトコールの嵐、皇太子さまは大スター並みだったとか
ハポン姓の人達中心に、一万人ものセビリア人たちが大歓迎、スター人気の皇太子さま


日本―スペイン遣欧使節の末裔「ハポンさん」たち、皇太子さま(当時)を熱烈歓迎

日本との交流400周年を迎えたスペインに、日本を意味する「ハポン」という名字の人たちがいる。その数、1500人。400年前にスペインに渡った支倉常長ら「慶長遣欧使節団」の子孫とされる。14日夜(日本時間15日未明)、同国南部のセビリア市にハポンさんが集い、陛下と懇談した。

 使節団は1614年、セビリア近郊の市コリア・デル・リオに滞在。7人前後が帰国しなかったことが分かっており、郷土史家らは「子孫らが祖国ハポンを名乗り始めた」という説を唱えている。

ハポンさんたちも日本とのつながりを強く意識する。14日昼にコリア・デル・リオを訪れた皇太子(当時)さまを、ハポンさんを中心に1万人近くが出迎え、「ハポン!」コールを上げた。「支倉常長協会」会長のファン・フランシスコ・ハポンさん(44)は「ハポンの名字にみんな誇りを持っている。日本人の特徴である蒙古斑(もうこはん)がある人も少なくはない」と話した。
2014年訪西時、朝日新聞ニュースより抜粋


支倉常長の船を復元した帆船サン・ファン・バウティスタ号
支倉常長の船サン・バティスタ号を復元した帆船 常長の故郷、宮城、石巻のテーマパーク
石巻市にあるサン・ファン・バウティスタパーク(震災前)


また、こんなホッコリする日本らしいニュースも・・・

皇太子さま、スペインの支倉常長ゆかりの地に桜植樹 
滞在先のセビリアからグアダルキビル川を船で下るなどして、コリア・デル・リオを訪れた。仙台藩が派遣した「慶長遣欧使節団」がスペインで最初に滞在した町で、陛下は使節団を率いた支倉常長の像の近くに桜の苗を植えた。
像は1992年に宮城県が寄贈したもの。

ソースhttp://www.47news.jp/CN/201306/CN2013061401002345.html

今回、ハポン村の子供たちが陛下に歌ってくれた「花は咲く」は、震災復興応援大河ドラマ「八重の桜」の主人公、八重と古郷福島復興を祈ったヒット曲でも知られる、国民的な復興ソングともなった、感慨深い歌でもある。

このように、日本を愛し、憂えてくれる血のつながった民が、地球の裏側で日本を応援し、天皇陛下を慕ってくれるというのは、なんとも喜ばしく、慶長使節団が当時のミッションに失敗したとしても、未来の日本国のために残してくれた遺徳は、測りがたい。

「花は咲く」 この歌です 日本語で歌ってくれたハポン村の人々、涙出ますね
https://www.youtube.com/watch?v=_RwTct8K2JM 
https://www.youtube.com/watch?v=7IHFqgPj1Tc

グアダルキビル河畔、支倉常長像脇に桜を植樹する陛下
植樹される皇太子さま



さて、ハポン村から離れて、上皇陛下の歌である。

上皇陛下
 戦ひにあまたの人の失せしとふ島緑にて海に横たふ

沖縄の戦没者への思いと平和への祈念が溢れている。
南洋の島を静かなまなざしで見つめるお姿に、上皇陛下の温厚な人柄が滲み出ている。私は過去2度において那覇から慶良間諸島に渡ったことがあるが、そこは沖縄戦の前哨地として米軍が上陸した時に、島民の集団自決が行われた場所であることを、本島の知人から知った。
 そして、ひめゆりの看護隊が散っていった本島の南部は、今ではリゾート地の風景に変わりつつある。時は流れても歴史の記憶を風化させてはならないという願い。昭和天皇への万歳を叫びながら斃れていった人々への鎮魂を、平成の世に皇位を継承した者としてお詠みになった深い歌である。
さて、ここまで記した後にネットニュースの解説を読むと、作首の舞台は太平洋戦争の激戦地となったパラオのペリリュー島をご訪問された時の印象とのこと。沖縄ではなかったが、戦争の悲劇が起こった土地という点では共通する。



慶良間ブルーな海
慶良間の海(2014年、美雨撮影)

皇族の方々がお詠みになった幾つかの短歌に伺われるのは、震災被災者に寄り添う心。あの苦難の出来事から早くも8年目を迎えて、多くの日本人の記憶から徐々に薄れつつある昨今、こうした形で歌に刻んでくださるのは、本当に尊いことである。



美雨


 最後まで読んでくれてグラーシャス!
最後まで読んでくれてグラーシャス!
日本酒で乾杯するハポン(日本)村の女性たちより  (どこか日本人の面影が?)



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ヴィラ デステと枢機卿の噴水 ~ティボリ~

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ヴィラ デステと枢機卿の噴水 ~ティボリ~

水しぶきの恋しい季節、よければ、記事といっしょにBGMをどうぞ
ツァーベル作 ハープ曲『噴水』http://www.youtube.com/watch?v=M-PRmXjmlAg

ヴィラデステ




エステ家の別荘は、ルネサンス最高峰の庭園があることで知られている。
ローマから30kmだが、地下鉄と路線バスを乗り継いで片道1時間半余り、近そうで遠い。
急いでも半日以上は割かねばならない。 3coins in the fountainという映画を見て、
是非このティボリを訪れてみたい、という念願が叶って、高速バスでローマからこのデステの別荘へ。

人間の想像力と叡智ってなんて偉大だろうと思わせる水の芸術を
これでもかというほどの種類の噴水で表現した水のパラダイス庭園、本当に息を飲むばかりである。




ヴィラデステ 通路にもふんだんに噴水が




ここヴィラ・デステ(エステ家の別荘)の歴史について少し。
1550年、フランス王フランソワ1世の後ろ盾で枢機卿に任命されたイッポーリト・デステは、
次王アンリ2世の下で失脚の憂き目に遭った。その後、このティヴォリの地に隠遁して、
ベネディクト派の修道院があったこの場所に別荘の建設を開始した。
内部装飾はさながら宮殿で、とても聖職者が建てたものとは思えない豪奢さである。
内部の各広間の天井を覆うフレスコ画の鮮やかさも目を虜にする。

ふんだんな水と地形の高低差を利用した巧みな造園術は、当時の技術の粋を極めたものと言える。
ベルサイユ宮殿が完成する以前は、実にこのヴィラ・デステが、ヨーロッパの庭園のお手本であった。




イッポリート・デステ枢機卿
ヴィラ・デステ イッポリート・デステ

内装も豪華 とても元聖職者の館とは思えないほど
ティボリ2




シーズンオフの平日ともあり、人影もまばらで静けさに満ちた庭園散策ができたし、テラスで飲むカプチーノも格別だった。
ここを訪れた第一の目的は「オルガンの噴水」の音色を聞くことだったのだが、このとき故障中で修理が終わるのはいつになるかわからないとのことで(いかにもイタリア的?)残念!
しかしながら、セビーリャのアルカサル庭園の幾つかの部分は、小型の水力オルガンをはじめ、このヴィラ・デステから発想を得ていることが確かめられたということだけでも、充分に目的は達せられた。
庭の真下に、懐かしいエフェソスのアルテミス女神の像で飾られた自然の泉がある。
その名もFontana della Natura. 。
fountain(fontana)とは、噴水という意味と、泉という意味があるのだが、(日本語だとまるで違う語義になってしまうのに対し)ここの泉を見ていると本当に分け隔てがなく、アペニン山脈から噴き出る水の豊かさのせいもあるのだろうが、fountainという独自の響きを強く感じてしまう。




アペニン山脈の豊富な水量を噴水にあしらう贅沢さ
アペニン山脈の豊富な水量を噴水に使う贅沢

ヴィラデステ 夜もまた美しいヴィラデステ
夜もまた美しいヴィラデステ




庭園の奥にたたずむ「エフェソスのアルテミス像 「自然の母なる泉」これも必見に値する。
沢山の乳房から水が噴出している独特の姿をした女神像。
しっかり写真も撮ってある。
してみれば、フェニキアのアスタルテ女神は、ギリシャのエフェソスにおいては、いつしかアルテミス女神に転化してしまったということであろうか・・・。
そのあたりにも、疑問と興味の触指が伸びていきそうである。 (笑)

現地で買ったガイドブックを読むと、これは17世紀初頭の彫刻で、ナポリ国立考古学博物館蔵のオリジナルの彫像からインスピレーションを得たものとあるが、私はそちらの方も見ている。乳房から水を出すという発想が面白いが、ミルクを出したら完璧リアルになりそう。想像するに、館の主が住んでいた当時は、そのようにして、密かに楽しんでいたのかも知れない、と直感で思った。

大地の恵みである水という恩恵と人間の美観、想像力の織りなす見事な水の芸術「噴水:fountain」、絵画や彫刻などより遥かに贅沢である気がする。
ヴィラ・デステは、ルネサンスにおける、古代ギリシャローマの理想を復興させようという精神が、水の演出にも応用されて発展した、その極みと云えないだろうか。



美雨


ツァーベル作 ハープ曲『噴水』


もうひとつ「泉」と名の付く名曲をあなたに(La source)

Hasselmans: La source, Laskine (1963) アッセルマン 泉 演奏リリー・ラスキーヌ

https://www.youtube.com/watch?v=tcCMULv3rN0
こちらもハープの名曲 A. Roussel: Impromptu, Op. 21 (Lily Laskine, harp)



最後まで読んでくれてありがとう: アルテミス女神の噴水より
ヴィラデステ アルテミス女神の噴水


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空中庭園ロマン 〜バビロニアから現代まで〜

空中庭園ロマン


世界7大不思議の一つとして知られる「バビロンの空中庭園」。

古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだあまりにも有名な「世界の七不思議」の建造物の一つである。

紀元前600年頃に新バビロニアの王、ネブカドネザル2世が、メディア出身で砂漠の国に輿入れするのを嫌がった王妃アミュティスを慰めるためにバビロンに建造したという。


バビロン3



宮殿の中に作った高さ25m、5段の階段状になっているテラスに土を盛り、水を上まで汲み上げて下に流し、樹木や花などを植えた。あまりの大きさのため、遠くから見ると、あたかも空中に吊り下げられているように見えたという。一番上の面積が60平方メートルと推定される。紀元前538年のペルシアによる侵略の時に破壊されたという。

2500年以上前、王が妃に捧げたとされるこの庭園は、伝説通り実在したのだろうか。
全貌は、いったいどんなものだったのだろうか。

存在さえあやふやな庭園の謎に、幾世紀にもわたり、時代の学者たちが挑み続けてきた。
勿論、現代の学者も。
ロマンである。


バビロン空中庭園2



はたしてこの庭園は、実在したのだろうか? 

検証によれば、最初に、宮殿の敷地の中央部に、縦横400メートル、高さ15メートルの高さの土台を築き上げ、その上にピラミッド式に次々と土台を設け、一番上の土台までは110メートルの高さになったらしい。次に、各層の土台に何万トンもの沃土が運び込まれ、テラスに沿って花壇がつくられ、果実のなる木や、色とりどりの樹木が植えられた。

空中庭園に使われた水を汲み上げる技術はとても高度なものだったとされている。
ピラミッド型のこの巨大な庭園の頂きには大きな貯水槽が設けられ、パイプを通して壇から壇へと絶えず水が流れる仕組みになっており、時々、散水器で人工の雨が降らされたという。貯水槽には、ユーフラテス川から巨大なポンプを使って汲み上げられたという。

仮にこの伝承が事実であるとすれば、2600年前の時代にこれだけの技術があったとすればまさに超古代文明であるといえる。



ロベルト・コルデヴァイが発掘した有力な空中庭園の痕跡、
空中庭園1




さて、空中庭園は紀元前538年のアケメネス朝ペルシアに侵攻されて破壊され、伝説上の存在となっていたが、20世紀の初頭にドイツ人考古学者であるロベルト・コルデヴァイ(Robert Koldewey)による発掘調査の結果、有力な空中庭園の痕跡と見られる遺跡が、また別の場所(ユーフラテスの近く)を空中庭園の跡地も候補として挙げられている。

 テラスの内部には、ネブカドネザル夫妻のための美しい部屋が造られていた。大王と王妃は、ここで虹のかかる豊かな緑の中で生活し、小鳥のさえずりを聞きながら日々を過ごしたのである。この大庭園は遠くから眺めると、首都バビロンの中心部に、ひときわ美しく浮かぶ庭園のように映ったはずであろう。



美しいバビロン宮殿



その空中庭園は石の柱で支えられ、大地から浮き立つかのように建っていたといわれるが、そのテラスに咲く美しい花々に、どうやってユーフラテス川から水を汲み上げていたのかが最大の謎であった。

以前、HNKだったか、この水汲み技術を解明するべく、各方面の学者によるチームが編成された番組があった。
彼らはヨルダンの丘に空中庭園の模型をつくり、メソポタミアの遺跡から発掘されたレリーフや楔形文字が刻まれた粘土板を道しるべとしながら、その時代に可能だった様々な水汲み技術の妥当性を検証していた。
この技術の解明こそが庭園の実在を証明する鍵なのだろう。



現代の空中庭園 アクロス福岡


現代にも、空中庭園の構想はある。
現代の建築技術&ポンピングテクノロジーを駆使すれば いたるところに空中庭園が散見されてもおかしくない筈である。

しかし、庭好きな日本人の伝統的スタイルに、枯山水や浄土式庭園、露地(茶庭)などの様式はあるが、空中庭園を想起させるものは少ないように思う。
・・・と、これは当たり前、空中庭園は建築物であり、単なる庭(ガーデン)とは異なるから当然であるが。

そんなとき福岡で偶然みつけて驚いたのが、このビルだった。

天神の中心部よりほど近く、天神中央公園に隣り合った形でアクロス福岡が建っている。外観はピラミッド型の建物で、バビロンの空中庭園をもしたかのような植物がびっしり壁面に生い茂っている。建物内は広々とした吹き抜けで、開放感がいっぱい、 地下には物販施設やレストランコンサートホールなどの文化施設になっている。
まさに現代の空中庭園型コミュニティーセンターといえまいか。

ライフスタイルが変わっても、人間の英知とイマジネーションは変わらない。


ニューヨークにも空中庭園


そういえば、ニューヨークを流れるハドソン川。そこの埠頭の1つを空中庭園に変えるプロジェクトがあるそうだ。
 そして、そのために実業家のバリー・ディラーとその妻でありデザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグが計17億ドルもの大金を寄付するんだとか。それでも、私有公園とは異なり誰でも入園できるそう。まだ計画段階ではあるが、ディラー氏はこのプロジェクトに自身の財産から13億ドル(約150億円)を寄付し、20年間分の運営費も払うことに同意したという。
 一方で、行政が捻出するのはたったの約4億ドルだとか。

幾世紀を経ても、空中庭園にロマンを馳せる人物が存在するのは嬉しい。
ディラー氏こそまさに 現代のネブカドネザル2世のように思える。




美雨



最後まで頑張って読んでくれてありがとう
でんじろうとゴーヤ 
うちのやさい チーと野菜
ウチのなんちゃって空中庭園でとれた今日の収穫だワン おひとつドゾ♪


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盆休みは白馬・糸井川ジオパークで過ごし、今日かえって参りました。
山岳で電波の悪い所が多く、スマホからブログに繋がらず、ブロ友さん・ご訪問下さった皆様に失礼を致しました<(_ _)>
こんな美雨ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
美雨
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水のいのち1 コルドバの小さな噴水からオリエンタルな水場まで

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水のいのち1 コルドバの小さな噴水からオリエンタルな水場まで

水しぶきが恋しい季節ですね。
皆さんに涼しさを届けられれば・・・水にちなんだ日記を揚げてみます。

噴水に寄す


コルドバの個人の邸宅の庭園にて。


水に浮かべたマーガレットの花。
枯れる前のわずかの命を永らえて、噴水の快い水の音楽と共に、訪問する客人の目を惹きつつ、目を楽しませてくれます。
住む人の奥ゆかしさと粋な心を感じるひととき。

微かな水音やせせらぎが、なんとはなしに人間に癒しをもたらしてくれるのは、
かつて私たちが母なる胎内で聞いていた、そしてこの世に生まれ出た瞬間に忘れてしまった懐かしい羊水の音に通じるから、という説もあるのだそうです。

サルバドール・ダリは生まれる前の記憶を語って、
子どものような大ボラ吹きとそしられたそうですが、
それはあながち嘘だったとは言い切れないかもしれません。

また、2500年前の思想家、老子は「もっとも理想的な生き方は、水のようである」と言い残しました。
上善如水ですね。
水のようにしなやかに、必ず進路を見つけ 形を変えながら 生き延びてゆく水のすがた・・・上善、水の如し。

洋の東西問わず、私の好きな水の姿を羅列してみました。

皆さんはどんな水の姿が好きでしょうか。



水琴窟
水琴窟2


水琴窟の構造
水禽窟


”鹿脅し:ししおどし”
かっぽん!という音が水のいのちを感じさせてくれる”鹿脅し:ししおどし”
かっぽん!という音が水の伊吹を感じさせてくれる(本来畑の害獣よけ)


つくばい
つくばい


手水
手水


慶州に旅行したときの 大きな水車
慶州に旅行したときの 大きな水車



アルハンブラ宮殿・ライオンの噴水 
アルハンブラ宮殿・ライオンの噴水 左はパビリオン、右手に二姉妹の間



水の音って本当に落ち着きますよね
アルハンブラ宮殿の水の音も日本庭園の水の音も・・・・
いまでは料亭や旅館などでしか見られなくなった”ししおどし”や
手水鉢(ちょうずばち)、つくばい、 水琴窟も好きです。
あ、水たまりも。あの中をざんぶざんぶ長靴で歩くたび、少女のころの思い出が甦る。


泳いでるときも、水の音を聞くと落ち着くのは羊水の音に通じるから落ち着くのですね。
確かに、水に包まれると大きな何かに守られているような
気がしないでもありません。



美雨



❤今日も読んでくれてありがとう❤
ツキを呼ぶ調神社手水場のウサギくんより
ツキを呼ぶ調神社手水場のウサギくんより

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ロンダ峡谷 ~リルケの風景と「マルテの手記」~

ロンダの谷 リルケの風景と「マルテの手記」

スペイン・ロンダ峡谷


リルケ。

フルネームは、ライナー・マリア・リルケ(1875年-1926年)です。

父の遺した「マルテの手記」の文庫本は手元にあるのですが、長い間忘れ去られたまま、ひっそりと本棚に背表紙を並べているのみでした。近日、ひさびさに思い出して手にとり、頁を開いたという次第。

リルケについては知識が乏しくて、ドイツ系の詩人というだけで、実は国籍も知らなかった自分です。検索するとチェコのプラハ生まれとある。

人種と宗教の坩堝プラハ。

・・・どおりでコスモポリタン的な性格を持っているわけです。当時はオーストリア・ハンガリー帝国領だった街です。プラハ、ミュンヘン、ベルリン大学で学業を修め、パリに住み、彫刻家ロダンの秘書となったリルケ。その前後はロシア、イタリア、エジプトなどを旅しています。見聞の範囲は広く、かなりの旅好きと見えました。
30代半ばで「マルテの手記」を執筆。ジッドとの友情、第一次大戦参戦・・・
晩年は詩人ヴァレリーと交友を持ちますが、白血病で惜しくも51才で逝去しています。


リルケ本


ところで、ロンダには「レイナ・ビクトリアReina Victoria」というホテルがあります。20世紀初頭に創立した名門ホテルで、建物の外観はどことなくスイス風の趣きがあるホテル。リルケがロンダにやってきて、このホテルに滞在したのは 1913年初めの冬のこと。

当時の世界をリードしていた大国はイギリスで、ロンドンは世界の首都と言われていました。多くの国が大英帝国との協定を望んだ時代。
ちなみに日英同盟は1902年、フランス1904年、ロシア1907年、ポルトガル1907年。スペインも1906年、外交政策の一環として国王アルフォンソ13世とビクトリア・エウヘニア・バッテンブルクが結婚、王家同士の縁組みにより英国と手を結んだのでした。
ホテル名の「ビクトリア王妃」は、この妃の名前に由来しているといいます。


霊感あふれる ロンダの渓谷
霊感あふれる ロンダの渓谷

Ronda_ArcoFelipeV.jpg
峡谷にかかる、街のシンボルフィリップ五世橋をわたって
スペイン・ロンダの谷

リルケが長く滞在したレイナ・ビクトリアホテルの内部
リルケが長く滞在したレイナ・ビクトリアホテルの内部



ロダンの秘書を辞めたリルケは、旅に出ました。30代半ばの一書生にとっては 贅沢をするだけの路銀は乏しかっただろうけれど・・・
詩人が泊まった部屋はメモリアル・ルームとして保存され、宿泊はできませんが、ずっと以前、マネージャーにお願いして見せて頂いたことがあります。
簡素なグルニエのような小部屋、花柄模様の壁紙と木製の家具、急な切り妻屋根の傾斜が、部屋の天井と壁の一部に角度を与えています。この部屋でポエムの一節が書かれたのだろうかと想像すると胸の熱くなるものがありました。
また、リルケ自身の筆跡による滞在中の勘定書が残っていて、彼の一面をよく表わしているようで面白かった。云わばお小遣い帳&家計簿で、切手、便箋、食事、飲み物、チップなどの額が毎日綿密に記録されているる貴重なメモ。詩人のイメージは、かなり几帳面な性格として印象づけられました。


リルケの本


「マルテの手記」は、詩人の鋭敏な感性による現実世界の俯瞰、生の実相に対する明晰な意識によって、評価が高い作品です。
20世紀初頭の繁栄の中に潜む、社会の貧富の格差、汚濁、病苦などを直視し、静かな生と死への眼差しで、時代の不安を的確に表現しています。そして、個別的な人生体験や恋愛感情が、内省的に高められ、または回帰しつつ、様々なイリュージョンの中を魂が彷徨していく物語といった風に描かれています。

美雨的に嬉しいことに、パリのクリュニー博物館所蔵の「貴婦人と一角獣」のタペストリーも登場するし、アヴィニョンやオランジュの円形劇場、ベネチアにも言及される部分があります。こうした風景を、実景として思い描くことができるのは、自分にとって幸いなことです。

現代の小説に失われてしまった高雅な文体。

翻訳を通じてではあるにせよ、今の時代の感覚で読んでも、情景や心理描写のタッチは、いささかも時の手の風化を感じさせない。ここには、普遍的な感性とはいかなるものであるかが、明確に表現されているように思えるのです。
人は誰でも、それを書く意志と才能があれば、自らの人生を投影した一冊の「マルテの手記」を編むことができるのではないか、と・・・。


ⅩⅦ愛に満ちたあまたの夜の回想 リルケ『マルテの手記』より
リルケ ユニコーン
作品に登場するクリュニー博物館所蔵「貴婦人と一角獣」のタペストリー


ほんの僅かですが、目に止まった文章のみを抜粋してみましょう。名著は書き出しで決まるとも言いますが、この小説もその典例でしょう。


『マルテの手記』

人々は生きるためにこの都会へ集まって来るらしい。しかし、僕はむしろ、ここではみんなが死んでいくとしか思えないのだ。(冒頭)

思い出を生かすためには、人はまず歳をとらなければならぬのかもしれぬ。僕は老年を懐かしく思うのである。

僕は詩も幾つか書いた。しかし、年少にして詩を書くほど、およそ無意味なことはない。詩はいつまでも根気よく待たねばならぬのだ。
人は一生かかって、しかも、できれば70年あるいは80年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか10行の立派な詩が書けるだろう。
詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩は本当は経験なのだ。
1行の詩のためには、あまたの都市、あまたの人々、あまたの書物を見なければならぬ。あまたの禽獣を知らねばならぬ。空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、朝開く小さな草花のうなだれた羞じらいを究めねばならぬ。まだ知らぬ国々の道。思いがけぬ邂逅。遠くから近づいてくるのが見える別離。
まだその意味がつかめずに残されている少年の日の思い出。喜びをわざわざもたらしてくれたのに、むごく心を悲しませてしまった両親のこと。様々の重大な変化をもって不思議な発作を見せる少年時代の病気。静かなしんとした部屋で過ごした一日。海べりの朝。海そのものの姿。あそこの海、ここの海。空にきらめく星くずと共に儚く消え去った旅寝の夜々。それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
いや、ただすべてを思いだすだけなら、実はまだなんでもないのだ。一夜一夜が、少しも前の夜に似ぬ夜ごとの閨の営み。産婦の叫び、白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。詩人はそれを思い出に持たねばならぬ。死んでいく人々の枕もとについていなければならぬし、開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で死人のお通夜もしなければならぬ。しかも、こうした追憶を持つだけなら、一向になんの足しにもなりはせぬ。
追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名前のわからぬものとなり、もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一篇の詩の最初の言葉は、それらの思い出の真ん中に、思い出の陰からぽっかり生まれてくるのだ。    『マルテの手記』より


美雨


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